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東京都職員共済組合保養所「かすみ荘」→熱海温泉ホテル「あいおら」
アクセスは少ないので特定ページにアクセスが多くあるとわかっちゃう。2013年の伊東「あいおら」の記事へのリンクによるアクセスだが、元を辿ると伊東の話じゃなく熱海のお方がリンクしており、下記の件。私の知ってることを書いておく

東京都職員共済組合保養所「かすみ荘」 2001年(平成13年)閉鎖。
→2003年8月開業 ホテルAIOLA(アイオラ)→熱海温泉ホテルあいおら 静岡県熱海市咲見町4-6

 既に閉鎖されて10年以上経過してますが、名称は私が知ってる20年以上前であって後に変わったかは知りません。東京都は箱根などにもあったと思うのだが当時同居の年の離れた従姉妹が日本橋の三井信託銀行勤務だったので箱根に関してはそっちの保養所と混同しているかもしれず、熱海だけの話にする。

<2015年10月3日追記。 9月頃だと思うが「熱海温泉 ホテル夢いろは」へと変わった。個室居酒屋にもなっている。経営母体が変わったようだ。伊東の「あいおら」のほうは「東栄ホテル」の名も含めて営業していたように完全に売却されたわけじゃないので名前は残っていた>

 本サイトの熱海回想録で真っ先に向かっている場所だが、場所は小沢の湯の反対側の路地の先。卵売ってる酒屋の間を上ってゆくと (現)ホテルあいおら がある。 保養所時代、下から行って真っ先に見える駐車場の上は遊技場で卓球台とか置いてあった。地面に置いてあって上から覗き込む型のクレーンゲームの記憶がある。街中ではスマートボールとかやった。もう平成26年だし、末期っても昭和だわ。普通はもっと前の時期を示すんだと思う。全盛期は生まれる前だと思うが、バブル崩壊前だからまだ賑わっていた。


 現在の東京都職員共済組合保養所は一般施設と提携してそれなりの料金。公務員優遇の風当たりが激しくなって切られたのは当然かと。昭和後期一泊二食付き大人4千円以下だった気がするが支払いに関わりのない幼稚園や小学校低学なりの記憶では定かではない。昭和終わりから平成時代にはいくらだったのだろうか。一般企業でもタダ同然の宿舎があるから、優遇と言えるかは疑問。

 大浴場は裏(山側)の低層階で男湯しか知らない。改装されてるが、今のホテルあいおらの写真そのものの記憶。女湯にも入れる幼少期だがそっちは全く記憶がないので入ってないと思う。

 小さいころ少人数な旅行をしてないが広い部屋じゃなく二部屋かになってたが、今のホテルあいおらを見ると18畳なんてのがある。当時からあったのか、二部屋をぶち抜いたのか、宴会場を部屋にしたのか?? 狭い熱海にしては贅沢な広さなんだが、作った当時は核家族化なんて進んでなかったからでしょう。

 建物は何歳か知らないけど40じゃきかないか50年以上かな。お金かかっても誰が文句言うでもなかった頃の公務員施設だから古くても同じ時代のほかより強固にできてるかもしれない。温泉で腐食してなければね。 リゾートマンションなんて目障りなのがなかった当時から景観は悪い場所であったが、今は前も後ろも最悪で都会にいるも同然の視界だから格安路線は正しい。

温泉は自家源泉である。

 私は多数宿泊したが幼少期まで。平成13年(2001年)までは稼動してたんだから、その頃に利用してた当事者がもっと詳しいことを知ってるはず。ところが13年前だとデジカメも一般的でなく、パソコン通信はもっと前からあったが世間がインターネットを知ってたかどうかの時期。ちょっと検索してみたが簡単には出てこない。

 何年の資料か不明で、たぶん熱海市役所からのだと思うが「かすみ荘」と書いてあった。裏手の図書館は東京電力熱海営業所となっており、税務署は今より一つ隣な感じ。そして梅園の近くには新幹線から見えてた円形の西熱海ホテル、グルメシティーはセイフーとあり、糸川の橋もちゃんとした名前が付いててドラゴン橋とかアホな名前じゃない時代の地図があった。今みたいに新しく舗装してなくても空気読めない構造じゃなかったんでしょうね。見つけた地図では親水公園第三工区がありませんが第二まではありました。

熱海銀座通りの柱に昔の写真が貼り付けてありますが、図書館に行けば古い資料があるでしょう。
古いのは見つかるのだが、20世紀末バブル崩壊からの細かい変遷はわからなかった。

* 図書館は平成19年より東京電力熱海営業所の上層階を利用
* 現在では東京電力熱海営業所は窓口業務を行っていない(事務所存続は未確認)



 ということで、5~6年前に検索したときは保養所の閉鎖前に宿泊してた人の記録を見つけたのですが今は見つかりませんでした。細かくキーワード入れると自分のページが検索されてしまうほど他に情報がない。


 ホテルではないが、こうして書いていると当時の記憶が蘇る。今のコンビニのような作りだが自動販売機だけの店があったのを思い出した。自販機は縦横奥の立体駐車場みたいに商品が陳列されており、数字を入力して選ぶと商品が台に載って降りてくるやつ。進化版は現在でも駅などお菓子販売機にあり、X-Y軸のアームが商品を取ってくる。うどん茹でて出汁を入れて出てくる自販機が数十年前からあるのだから、今を見るより過去を見たほうが スゲー と思えるかもしれない。だって、昔はあってもコストが高すぎてにコンピューターなるものは入ってないでしょ。



 名古屋なら飛び石で用事があるなら泊まっていたほうが安上がりでしたが、熱海なら帰って明日来ても1890円×2 な訳で、春日町のホテルもなくなったし、ビジネスホテルでも帰ったほうが安い。ところが新幹線 熱海→東京→熱海な往復5000円も廃止、個人的には東京と普通運賃往復の値段で泊まれるところがあったらなぁ。カプセルはいやだけど部屋は狭くてもいい。観光地だから定常的な需要がないので希望はないけど。民宿・旅館は客が気を使って疲れるのでいや。

 熱海の場合は夕方を過ぎると駆け込み寺(総合窓口)がなく宿を一軒一軒あたるしかない。観光地って、観光案内所と宿の案内所って別だという思い込みがあるんだけど熱海に宿専用の案内所ってないよね?それで2~3万円の紹介されても困るけど。緊急時は沼津、三島、小田原のビジネスホテルかネットカフェに行ける電車はあるので、そっちのほうが気が楽ってことだね。

 熱海の人と食事してても相手が2時間差を考えてくれないので終電が気になったことはあるが今のところ緊急事態には陥ってない。「あいおら」は温泉もあって安いけど、たまたま帰れなくなった一人が泊まる所じゃないので悪くて電話できない。移動時間を時給に換算すれば安いのに交通費との差額の約1700円をケチってビジネスホテルすらスルーしてしまう。こういう空気を放つようになってしまった熱海であることを重く受け止めなくてはいけない。多くは一般的観光客だから、このような特殊事情を考える必要などないのだがね。低価格においては若者が来やすくなったのに大きく貢献している。
| emisaki | 23:07 | comments (0) | 熱海::その他 |
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