2020-01-03 Fri
過去なら正月番組を何ヶ月も引きずっていたのに、今では年末から溜まった映像を確認できるまで見る番組がなくなった。小さい頃ならまだレコード大賞やら芸能人のかくし芸大会などいろいろあったが、最近では出来レースばかりでテレビ番組が落ちぶれるのも自業自得。いまでは、長々、だらだらと再放送で埋め尽くされている。テレビ離れの原因の一つだと思うのは商業の無休化、元日営業だと思う。コンビニが問題になっているのは全国的で数が多いから合計すると大型商業施設の何店舗かが正月から開店してるのと桁違いの従業員数になるからでしょう。
コンビニの元日休業が騒ぎになっても、ほか大型店とかが三が日とか休業する気もないようでは競争は止まらない。一部は開けてもらわないと困るっても、抜け駆けが抜け駆けを呼び現在になったと言える。輪番制にでもして強制休業にでもしないと止まらない。
チカラ関係が原因なのか知らんが、デパートに出店してるのに老舗弁当屋の弁松なんてずっと前から1週間くらい休みである。替わりに出店場所を別の店がおせち料理の材料なんかを売ってる。
広告で生きてるテレビのジレンマでもあるが、各業種が正月でも動くとテレビを見る人が減りCMの価値もなくなるからスポンサーが付かなくなる。するとロクな番組もなくなるという悪循環。テレビが見られなくなるなら広告の手段も変わって商店か商業施設に来てくれるかも怪しい。よく言う win-win の関係が lose-lose、共倒れの関係になってしまった。
今後、年末年始に商店休業という流れになれば正月テレビの復権はあるだろうか?
| emisaki | 2020-01-03 Fri 06:26 | 大衆媒体::テレビ全般 |
2020-01-02 Thu
軍事政権下での異常ぶりを否定する人はいないし大勢が教えられてきたであろう。それは今も尚、世界のどこかで続いている。それを伝える作品かと思いきや、過去の言論統制を利用した現代の反日プロパガンダにしか見えなかった。片側の視点からのみで作られている。随所にてサブリミナル効果ごとく反日活動家がした場面を印象づけるよう短時間に差し込んでいるなんぞ意図的としか思えない。なぜならサブリミナル効果と書いたように内容と大きく関わりがある映像ではなく刺激的な映像ばかり利用するマスコミのお家芸。批判に使うにしても「シーン」と呼べる長さが足りない。もし使いやすい最近の映像ばかり利用したと言うならば杜撰。
では、戦後に朝日新聞がした最強の嘘は何なのかと、嘘だったと謝るアクションを国内だけで世界に伝える気もない二枚舌(ダブルスタンダード)は言論統制もされてない状況下だし、嘘は表現の自由でもない。真実を通り越し貶める嘘に発展したのならジャーナリズムの名に恥じる。戦時中も戦後も、することは変わってないじゃん。する人が替わっただけでしょ。
過去にあった確かな悪である戦時中の言論統制を利用。そこから現在までの政治の流れを追って批判しているわけじゃなく現在の安倍政権の批判としか読み取れない作品と受け取れた。
戦争と敗戦の流れがあったからこそ今の日本がある。題材は当時の記者のことだが、後世の歴史家(またはマスメディア)とやらが批判するときは語る時代より良き時代だからこそだ。最悪と悪の選択肢しかなかったら「悪」を選ぶのは当然のこと。
私がかねてより残念ながら政治家の選択肢は目くそ鼻くそじゃなく「大便」か「小便」、お花畑なる選択肢なしと書いてきた。うんちドリルなんて流行ったが「小便」のほうが綺麗に決まってる。歴史の話じゃなく今を語るならば「大便」を推そうとする敵と戦うのは国民の義務と言えよう。
私は例え飢え死にしようとも社会共産主義なる邪悪な体制はお断りだからな。もし本当の日本人が変な方向に救いを求めるならば「おんぶに抱っこ」と落ちぶれたものだ。主義とみんなで支える社会保険は完全に別問題。
この作品に限らず傾向として日本を貶める報道方針を取って何の得になるのか真面目に聞きたい。欧米諸国で金儲けの障害になる日本叩きとは違う単なる日本を潰したいだけにしか聞こえないのだ。より良くするためにどうするのかって流れが見えない状態で賞を取る内容には全く見えなかった。軍事政権下での報道の不自由を取り上げるのみであったなら真っ当な歴史作品であった。
番組では北朝鮮のミサイル発射に対して「およそ非現実的な避難訓練」という言葉を繰り返し使ったが、暴君だけがぶくぶく太る体制が潰されるようなら暴発するわけであり、また、ミサイルが精巧な作りであるとも言い切れない。「非常時」を植え付けたのならば、お前らは頭がお花畑という「楽観」を植え付けようとしているにすぎない。周辺の “紅組” が異常行動に走っているというのに平和ボケが日本を危険にさらしているのだ。自分のしてることを棚に上げて他人に言うのは連中の遺伝子に染みついてることだからって対抗(準備)しないほうがおかしい。
地球上の国家間における社会構造を無視し、核爆弾をちらつかせて好き勝手なことしようとする暴君に対すること、どこが批判すべき政治なのか意味がわからねぇ。暴君は北朝鮮に限らず暴君こそが地球を支配していると考えることもできる。常任理事国なんて言葉がある連中のことさ。変なふうに批判するのは “紅組” 思想だからである。
敬愛する書籍では以下のよう示される。
過去が軍事政権下での異常ならば、極左メディアでの異常ぶりに気づく必要がある。そこが目立って攻撃してくるようになったから極右メディアが立ち上がるのも当然の流れであろう。どっちも狂ってるのに発信力を盾にしてデカイつらをしているのである。過去を批判するばかりか現在すら批判する資格があるとは思えません。
2019年12月8日 はい!テレビ朝日です (プログレス賞の各作品を取り上げた)
2019年12月28日 テレビ朝日 プログレス賞「言わねばならないこと ~防空演習を「嗤った」男・桐生悠々~」
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過去にあった確かな悪である戦時中の言論統制を利用。そこから現在までの政治の流れを追って批判しているわけじゃなく現在の安倍政権の批判としか読み取れない作品と受け取れた。
戦争と敗戦の流れがあったからこそ今の日本がある。題材は当時の記者のことだが、後世の歴史家(またはマスメディア)とやらが批判するときは語る時代より良き時代だからこそだ。最悪と悪の選択肢しかなかったら「悪」を選ぶのは当然のこと。
私がかねてより残念ながら政治家の選択肢は目くそ鼻くそじゃなく「大便」か「小便」、お花畑なる選択肢なしと書いてきた。うんちドリルなんて流行ったが「小便」のほうが綺麗に決まってる。歴史の話じゃなく今を語るならば「大便」を推そうとする敵と戦うのは国民の義務と言えよう。
私は例え飢え死にしようとも社会共産主義なる邪悪な体制はお断りだからな。もし本当の日本人が変な方向に救いを求めるならば「おんぶに抱っこ」と落ちぶれたものだ。主義とみんなで支える社会保険は完全に別問題。
この作品に限らず傾向として日本を貶める報道方針を取って何の得になるのか真面目に聞きたい。欧米諸国で金儲けの障害になる日本叩きとは違う単なる日本を潰したいだけにしか聞こえないのだ。より良くするためにどうするのかって流れが見えない状態で賞を取る内容には全く見えなかった。軍事政権下での報道の不自由を取り上げるのみであったなら真っ当な歴史作品であった。
番組では北朝鮮のミサイル発射に対して「およそ非現実的な避難訓練」という言葉を繰り返し使ったが、暴君だけがぶくぶく太る体制が潰されるようなら暴発するわけであり、また、ミサイルが精巧な作りであるとも言い切れない。「非常時」を植え付けたのならば、お前らは頭がお花畑という「楽観」を植え付けようとしているにすぎない。周辺の “紅組” が異常行動に走っているというのに平和ボケが日本を危険にさらしているのだ。自分のしてることを棚に上げて他人に言うのは連中の遺伝子に染みついてることだからって対抗(準備)しないほうがおかしい。
地球上の国家間における社会構造を無視し、核爆弾をちらつかせて好き勝手なことしようとする暴君に対すること、どこが批判すべき政治なのか意味がわからねぇ。暴君は北朝鮮に限らず暴君こそが地球を支配していると考えることもできる。常任理事国なんて言葉がある連中のことさ。変なふうに批判するのは “紅組” 思想だからである。
敬愛する書籍では以下のよう示される。
「恒久的な平和なんて歴史にはなかった…要するに私の希望は、たかだかこの先数十年の平和なんだ。だがそれでも、その十分の一の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。」 出典:徳間書店「銀河英雄伝説」(著)田中芳樹極左、極右の双方こそが、たかだか数十年の平和をも脅かしているのである。発端は支配階級たる悪党どもが抱く恐怖である。
過去が軍事政権下での異常ならば、極左メディアでの異常ぶりに気づく必要がある。そこが目立って攻撃してくるようになったから極右メディアが立ち上がるのも当然の流れであろう。どっちも狂ってるのに発信力を盾にしてデカイつらをしているのである。過去を批判するばかりか現在すら批判する資格があるとは思えません。
2019年12月8日 はい!テレビ朝日です (プログレス賞の各作品を取り上げた)
2019年12月28日 テレビ朝日 プログレス賞「言わねばならないこと ~防空演習を「嗤った」男・桐生悠々~」
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| emisaki | 2020-01-02 Thu 22:31 | 大衆媒体::テレビ全般 |
2020-01-02 Thu
2019年12月7日 テレビ東京「出没!アド街ック天国 ~我孫子~」2019年12月31日 フジテレビ「実はカットされてました」
生まれずっと前のことだから初めて知ったが、ネタのパクリからなのか知らないが深掘りされていたことで浦安ディズニーランドが作られるときに大人たちが語っていた意味がわかった。
浦安ディズニーランドのほうは公式に作られると決まったわけだが「もし失敗しても住宅地にするから大損はしない」なんて話を小耳に挟んだ。幼少期なので後になってその記憶を掘り返した。
それが単発的な話だと思っていたが、手賀沼ディズニーランドの計画倒れから住宅地に変えたって話を聞いて、浦安で語られた話に繋がった。手賀沼の件があったからの浦安でも同じ保険をかけた計画だったんだな。
それを知ってから地図を見ると、そもそも何もなかったところだから計画的な住宅街ばかりであるが、手賀沼大橋の西側は碁盤の目のような住宅が建ち並ぶ。その北側は急に高台になってる。我孫子駅から手賀沼へと南下すると徐々に下ってゆくから気づきにくい。
手賀沼の花火大会で2度ほど行ってるが、あの平地が埋め立て地だったとは知らなかった。
| emisaki | 2020-01-02 Thu 17:32 | 大衆媒体::テレビ全般 |
2020-01-01 Wed
本件は粗探しという下らないことではない。もはや完全には信用できないまで落ちぶれてしまったと言うことで、マスメディアが語ることを鵜呑みにせず再検証せよってことだ。何年も連続で住宅情報館とABCマートのコマーシャルが「元旦から(営業)」と言ってるが当然ながら営業は「元日」10時頃からで「元旦」からではないし、元旦は日付まで決まってる時間帯なので文脈や言おうとしてることからすれば用法が何やらおかしい…
ほかの朝の生放送でも怪しいところがあったが、7時、8時と本当の「元旦」と時刻が一致しているため疑いの域から脱せなかった。
フジテレビ「全力!脱力タイムズ 元旦スペシャル」なる事前告知がツイッターやウェブサイトであったが、EPGでは「全力!脱力タイムズ新春SP【アリタ&解説員が正月の東京を見に行く!?】」と変わっていた。
1月1日05:00-06:55 放送では「生放送 元旦スペシャル」と「LIVE」の字幕。明るくなった映像で地面が濡れてるから生放送は嘘だとわかったが、番組の最後に嘘じゃない「牛放送」「UVE」ときた。そこは「やられたー」って感じだったが、放送の大半が日の出時刻前であり「元旦」のほうは大間違いである。「元旦久ペシャル」「元日一スペシャル」なんてのは通用しないぜ。
番組中で有田哲平がまだ暗いのに「元旦の朝から」、吉川美代子「元旦」と文脈から元日と間違えてる発言をしっかり聞いてる。吉川においては定年退職前には採用にも絡んでいたわけだし女子アナ学ではアナウンサーの講師だけに恥ずかしい。そもそもが嘘だらけのバラエティー番組だからと逃げられる部分ではない。
一般論として原稿を作ってる奴のほうが失礼ながら程度が低いわけですからアナウンサーには間違った原稿をそのまま読まない教養が備わっていることが必要だが、近年ほど元アナウンサーではない専門職のナレーターとかでも「ただ読んでるだけ」に多く出くわすようになった。
内容を理解してないから気づかないし、読み間違いをする。しゃべりづらい言葉ってのは普通にあるわけだが、それは読み間違いではない。しゃべりやすくても知らないから別の言葉に間違えるのではないのか。アナウンサーやナレーターが、ただ読むだけでいいのならば原稿を作ってる奴らの知識がなさすぎるのである。
簡単な言葉を間違えてもいけないし、何人が知ってるかのよう難しすぎる言葉を使ってもいけない。
場合によっては失敗からしか得られないものもある。問題なのは何も学習しないことだ。
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フジテレビ「全力!脱力タイムズ 元旦スペシャル」なる事前告知がツイッターやウェブサイトであったが、EPGでは「全力!脱力タイムズ新春SP【アリタ&解説員が正月の東京を見に行く!?】」と変わっていた。
1月1日05:00-06:55 放送では「生放送 元旦スペシャル」と「LIVE」の字幕。明るくなった映像で地面が濡れてるから生放送は嘘だとわかったが、番組の最後に嘘じゃない「牛放送」「UVE」ときた。そこは「やられたー」って感じだったが、放送の大半が日の出時刻前であり「元旦」のほうは大間違いである。「元旦久ペシャル」「元日一スペシャル」なんてのは通用しないぜ。
番組中で有田哲平がまだ暗いのに「元旦の朝から」、吉川美代子「元旦」と文脈から元日と間違えてる発言をしっかり聞いてる。吉川においては定年退職前には採用にも絡んでいたわけだし女子アナ学ではアナウンサーの講師だけに恥ずかしい。そもそもが嘘だらけのバラエティー番組だからと逃げられる部分ではない。
一般論として原稿を作ってる奴のほうが失礼ながら程度が低いわけですからアナウンサーには間違った原稿をそのまま読まない教養が備わっていることが必要だが、近年ほど元アナウンサーではない専門職のナレーターとかでも「ただ読んでるだけ」に多く出くわすようになった。
内容を理解してないから気づかないし、読み間違いをする。しゃべりづらい言葉ってのは普通にあるわけだが、それは読み間違いではない。しゃべりやすくても知らないから別の言葉に間違えるのではないのか。アナウンサーやナレーターが、ただ読むだけでいいのならば原稿を作ってる奴らの知識がなさすぎるのである。
簡単な言葉を間違えてもいけないし、何人が知ってるかのよう難しすぎる言葉を使ってもいけない。
場合によっては失敗からしか得られないものもある。問題なのは何も学習しないことだ。
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| emisaki | 2020-01-01 Wed 20:15 | 大衆媒体::テレビ全般 |
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