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都合がよすぎる時期だけに告発人の素性にも疑問
なぜなら前へ進むための告発とは思えないからだ。

 私は政治家を大便と小便に例え、お花畑なんて存在しないと分析してきた。国政でもあったわけだが小便が臭いと言い出して大便に権力を持たせてしまったとき、どうなってしまったか?

 そこを恐れている。なぜなら以前から財政を食い潰した連中の残党どもが己の金儲けのために支配権を取り戻そうとする動きが見えるからである。どこにも正義がない。

 フジテレビが各地の市町村議員の生態を調査してロクな仕事をしてないとか、議会で寝てばかりいる議員を槍玉に挙げてるが、関心があって議事録を読んでいてこっちが眠たくて仕方がない。

 「だから何なんだ」「どうすべきなのか」ってのが無さすぎる。さらに消費期限切れ御老体は支離滅裂で「ちょっとナニ言ってんのかわかんないですけどー」と言い放ちたくなる。

 公務員ほど安定は無いが、あれで大金を貰えるんだから政治家になりたい人が。当初は儲からずとも、また、定職ではない割りに先々の不安が少ない。それも市町村長の苦労に比べたら議員のほうが遙かに楽だから欲張らずに居座ったほうが賢いのだが権力の欲求が強くなるようだ。

 事件については内部告発が県に向かっていたのだから知事も訴えるのが筋だよな。これも各地で確認されてきたが、悲劇を政治利用する奴らって必ずと言ってよいほど出てくる。

 公平性や癒着を防ぐには地域と関係がない人が政治を行うべきなのである。政治家には「地盤・看板・かばん」と言われてるように地方ほど地元の人を選ぶよう有権者がとんでもない間違いをしてきたから時代劇で言う「悪代官と越後屋の関係」がなくならない。

 「政治家とはそれほど偉いものなのか。政治家は社会の生産に何ら寄与しているわけではない。市民が納める税金を公平に効率よく配分するという任務を託されて、それに従事しているだけの存在。社会機構の寄生虫にすぎない。それが偉そうに見えるのは宣伝の結果としての錯覚にすぎない。」
 「私にとって政治権力というやつは下水処理場のようなものさ。なければ困るが、自分から近づきたいとも思わない。」
出典:「銀河英雄伝説」(著)田中芳樹


| emisaki | 2022-08-16 Tue 23:40 | 伊豆::考察・批評 |
やはり新型コロナ規制解かれた後のイベントは怖い 反動で客数増大
2022年7月23日 伊豆湯河原温泉納涼花火大会 泉公園花火

 熱海市観光協会って端っこはほとんど相手にしてくれないし、伊豆山地区、多賀、網代と弱小の団体があるからと思ってるのか知りませんが今のところ掲載がない。

 泉公園で行われた手筒花火の開催情報は「伊豆湯河原温泉旅館協同組合」のほうだと言われたらそれまでだが、会場の泉公園は静岡県熱海市に属していて、そして宿の多くが神奈川県湯河原町だとしても熱海市側にも少し宿があるが、立地条件から湯河原として扱われている。

 熱海ネット新聞が掲載してるかもと見に行ったら、あることはあったが現場の状況はよく見えない。熱海新聞(伊豆新聞)のほうが「密です」
と言える観客が写っていた。もっと解るのはないかとネットを渡り歩いてやっと状況が掴める写真に出くわしたが、投稿されてた現地写真には過去に私が何度か行ったよりも大勢の観客が写っていた。

 他所でも客数が増えてる報道映像を見てきた。きのうはBSで柏崎まつり海の大花火大会が中継され、新型コロナってなくなったのと思わせる混雑した客席にドン引きしてしまった。無理に決まってると長岡花火は観覧チケット抽選にも参加してない。

これは「失われた3年」が確定となったか。

| emisaki | 2022-07-27 Wed 21:58 | 伊豆::考察・批評 |
難しい問題 営業車による常態化した道交法違反は改善できるのか@熱海
 清水町のバス停前、正確には中央町17だが古い細長いビル、隣は自宅兼内科医、まご茶亭、芸妓見番と続く場所。古いビルは取り壊され、内科医だった所が診療所の複合ビルになった(2019年)。

 古い細長いビルが建っていたところは新築されず複合診療所が買い取ったか借りてるようで、そこが熱海第一交通の待機所になっていた。もちろんそこは診療所のためであるし、他のタクシー会社もいるから路駐がなくなったとは思えない。

 コロナ禍で少し変わったことがある。それはバス停(標示柱)から10m以内は駐停車禁止が2020年12月頃からバス以外でもタクシー、オンデマンド交通など乗り合い自動車など乗降にて停車できる。

 どうやら場所による危険性は法律として度外視されており、可能かどうかは自治体や路線バスの事業者による許可によって乗降による停車が可能になる。

一時的な乗降であって客待ち停車(駐車)は認められてない。

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 熱海での初川糸川と道路が接してちょうどバス停がある場所は「客待ち行為」が問題なわけ。横断する人、真横が横断歩道の場所、路線バスがいないときタクシーが長々と客待ち行為をして視界を遮ってることを問題視してきた。

 今まで常態化した違法なのに取り締まられたこと見たことがない。パトが来ると停車してなかったような顔して発進して1周してきてまた停車。高齢者、土地柄として必要でも違法は違法で危険。ICカード使えない時代に回数券を使いまくっていたほど路線バスは使ってたから待っている間に危険は何度も見てきた。俺だってマックスバリュから下りてきて芸妓見番のほう、安全の確証ありで道路突破しますが注意散漫な人たちは危険だから視界の確保は重要。

 マックスバリュの前なら停車する場所があるが中央町、清水町の買い物客はどうするのか。市役所を使えば良いと思っても、それは自家用車に溺れてない側のセリフでしかなく、市役所前にタクシー乗り場を作ったところで「すぐそこ」なんて思わないだろう。

 秘境で店を探して歩くテレビ番組でも言われてるが、私自身が各地で歩いていて言われたし、強引に自動車に乗せられたこともあるくらい歩きたがらない。「ゆるキャラサミット(世界キャラクターさみっと)in羽生」の帰り、バスが大行列すぎて羽生水郷公園から加須(かぞ)駅まで歩いたらドン引きされた。たった6kmだよ。私にとっては1時間。

 以前、梅園と糸川(桜)でタクシー送迎やってた時があるが、それは観光客だから利用したわけで、地元なら役所から糸川なんてのが遠すぎるわけ。別の所だが「秘密のケンミンSHOW」で語られていたのと同じことを言ってた…「徒歩1分の店も自動車」だってさ。もっと山奥に住んでいるんだろうからタクシー乗り場を作ったとして少しくらい歩けって思う。

未だに伊豆山土石流で大変っても長年残ってる問題でした。

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| emisaki | 2022-07-25 Mon 09:18 | 伊豆::考察・批評 |
観光復活への道のりは遠い
【観光復活への道のりは遠い】

 観光地は自主的な行動制限にて危機的な状況に陥ってるくらい感じ取れる。新型コロナウイルスの感染者数は人間がしでかした事であって、ずっと概念、基準が違いすぎると唱えてきた。

 ですからこちらから世間を見渡すと「自粛したつもり」「感染対策したつもり」にしか見えなかった。俗に言う価値観の違いではなく無秩序か真っ当かの違いだ。

 集団生活能力もない「地方症」な連中で溢れかえってるから自由と勝手の区別もつかないくせに「価値観の違い」だとか問題をすり替えて自分の行動を正当化しようとする大衆。

 そりゃそうでしょ、あおり運転なんてする奴に「あんた頭おかしい」って言っても通じない。通じてれば最初からあおり運転なんてやらないのと同じ育ちで凝り固まった概念は抜けない。

 私は経路上の安全性が認められないため旅立ってないが、模索してきたよう頭ごなしに旅しちゃいけないとは考えてない。地方症と名付けてきたように歴史的に集団生活能力がない人々は二極化して正しい方向性を理解できない。「自粛の同調圧力」から大勢が持ってる危険思想「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という集団的自分勝手へと移った。

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 このあたりが理解されること考えられないため、コロナ収束以外では救われないよ。ようするに一定の確率で発病し、誰か死ぬことを強制されて生活する気だ。真っ当ならば「旅行するな」なんて要求してない。自分勝手に「感染対策したつもり」なんて間抜けだらけだから怒ってる。



 テレビ報道では自家用車だから人と接しないって言いながら江ノ島の海岸に集まる意味不明な人達。「地方症」と呼ぶ大多数には他人の存在というものが真から理解できない。集まるのが危険ってのに人が大勢いる場所へ行く異常性。失礼ながら東京近郊なら千葉県の無名な場所や海水浴場は少ないが東側じゃなく西伊豆にでも行けばガラガラだぞ。

 江ノ島付近の海岸は過去が足の踏み場もないくらいの有様だっただけで、コロナ禍と考えたら減った今でも多い。私は限りなく少人数にしか出会わない新しい観光を模索して実行に移せない状況であるが、地方症で埋め尽くされた世間は違う。今は感染者数が多すぎてしまって引っ込んだだけで、それ以前から感染者を増やしてきた原因がテメエらの対策してるつもりで活動を開始した事にあることを全く理解してない。そこへ感染率が高いBA.5なる変異株がやってきた。

 繰り返し、なぜ集まるのか? 京都祇園祭で密集してる客を酷評したが密集せずとも観光はできる。「ウイズコロナ」、「新しい生活様式」に従ったつもりだけで各地の興行や観光業者は何を変えたと言うのか? 何も変えてないね。

 感染対策は変えたことに含まない。店を構えていた人が通称キッチンカーで路上販売するくらい業態を変える必要があったが、大多数は現状に悲観して何もせず、そうした中から一定の割合で他人に刃を向ける人が出て異様な事件が増えた。特殊な例だけじゃなく多くの連中がキレ出してきて、そんな人間のクズを放置できない俺もキレなければならなかった。



【地域の品位を汚す事業者】

 宿より飲食店のほうが打撃なんだろうけど、SNSでバカの苦情にバカを持って反応してる(未確認のため自称)経営者がいるが、客観的に双方を見れば店側も大差ない阿呆。

 ようするに業者の投稿が観光地の品位を汚している。そいつがどうかは知らんがプチブームに乗って移り住んだり商売を始めたが土地に似つかわしくない人間が増えたと思う。

 なぜなら新参者が「インスタ映え層」の集客に成功しようとも、古くから開いてる店と、急にできた店ではやはり品格が違うと感じたから。人間性の違いが激しい。



 もう10年前の話ではあるが、知る人ぞ知る場所にあり、並んでもいた町の中華屋が商業地に移転して観光地価格化してしまった。事情がわからないのだが、のちに元の場所も復活の兆し。

 既に私が立ち寄らない場所になって現状を知らないが、某所の近くで数少ない飲食店だった。しかし、店が小さく日曜日は混んでて9割以上の確率で入れたことがなかった。

 場所が変わったってのもあるが、移転してからは昼どきに何度前を通っても待つことなく入れる店になっていた。何年か生き残ってたら入っても良いと考えるから。

いまの時代は「観光地価格」って、また行こうと思わせなくする。若年イチゲンさんへは印象悪い。

 土地代が高い東京でも競争が激しいためコストパーフォーマンスが良い店しか生き残れない。よって「見極める力」が高くなってくる。商店街が潰れる当然の理由としてあるように、広域として己の立ち位置を知らぬほと潰れることになる。

 千円のところ1万円出せば良いに決まってるだろう。ところがそれって本当に1万円も必要なのかってのは東京のような都市のほうが多く感じる。我々庶民は千円のところ、観光地の付加価値として1500とか2000円とか限度がある。ところが3000円で、たいしてうまくもなかったとなれば客観的な評価はできず、通常より悪評となってしまう。反対に景観や雰囲気から割高なのに好印象となることもあろう。




【プチバブル 2012→2019年】

 年間宿泊客数が底の時期を知ってる側からすると東日本大震災が起きた2011年の約240万人まで下がり続けていたため地震の責任ではない。その当時の観光地を維持できるならば、あのときのほうが良かった。

 「私が盛り上げました」ヅラの人もマスメディアに取り上げられてきた。回復要因は役所が仕掛けたメディア誘致の効果で、市民の功績は撮影に協力しただけ。上昇気分に業者が乗じて事業活動を開始したのに手柄だと勘違いしてる人が一定数いる。ならば役所が仕掛ける前に何か成功しましたか?間違って思い込むと下降に転じたとき対応できなくなる。事態に流されているだけだから。

 大手が強いに決まってるのも各地で客を相手にしてきたからと財力。個人経営では時代に合わせた建て替えどころか改築すらままならなず、負の相乗効果へ陥ってきた。

 年間300万人越えでタナボタのよう増えた宿泊客数の増加も2015年頃から横ばい。バブル崩壊からリゾートマンションを建てさせ、景観で陰になる旅館を潰して泊まるにも受け皿がないのだから物理的に宿泊客数の限界は見えていた。

 「客室稼働率」を見てのことでしょうが過去からの戦略として見えたのが平日に客を呼ぼうとする。世の中、そんな暇でお金がある人ばかりではなかったようだ。

 インスタ映えが終了したら二度目は無いであろう若年層だけなら「釣った魚にエサはやらない」も通用するが、固定客であった中高年層にはマイナスに働く流れも感じた。

 東日本大震災の頃の落ち込みから客数が増えて喜んでいるのだろうが、どん底から増えた70万人ってのは「上客」だろうか?私は純粋な増加とは思ってない。推測でしかないが、もっと増えていて、従来からの固定客を失った差し引きの結果だと見ている。それが間違ってるか、正しいかは客を分析できる立場ならわかる。

事業投資を呼び込んだのも事実であるが、長い目で見てプラスとマイナスは どちらが大きいか?

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| emisaki | 2022-07-24 Sun 17:58 | 伊豆::考察・批評 |
熱海は伊豆の枠組みじゃなかった
 評論家という名でメシを食ってる回し者がテレビに出まくり。旅慣れてる側から見るほど信用できない方々の登場。なぜなら客じゃない奴らには真っ当な評論、評価は不可能だからさ。あそこはダメと言えない奴は信用できない。テレビ局がそいつら宣伝マンを使う理由は旅行業界と広告として繋がってるからだろうな。

 訳のわからないランキングがウジャウジャとある日本、その理由は個人の判断能力が悪いことを意味している。行列ができていれば並ぶからね。

 まん延防止等重点措置なるのが明けて行きたい観光地なるランキングが出てきたが、熱海も伊豆なのに以前から別。旅行雑誌では近隣の観光圏で「箱根・熱海・伊豆」と書いてあることが多い。

 そういう私も分けているが、それは扱う件数が違ってるから。旅行業界でも取り扱い規模として「箱根・熱海・熱海を除く伊豆」に分割することになってるのだろう。

| emisaki | 2022-05-31 Tue 12:42 | 伊豆::考察・批評 |
3月の伊東MAGARI雛が3年連続中止も下田へ@伊豆
 もう4週間前の話だがテレビ静岡のニュースにて4月2、3日に下田市蓮台寺の天神神社にて118段のひな飾り展示が行われたとの報道を見つけた。

 この報道で即座に疑問が湧いたのだが、中止が決まっていたのになぜ1ヶ月遅く開催したのかだが、これは「まん延防止等重点措置」が3月21日で解除となったからだろう。内なる客ではなく外の客を集めたかったと読み取れた。

 もう一つの疑問は「伊東市から下田市が雛人形を譲り受け」と報道されたこと。貸し出しじゃないの? そうなると伊東での展示はどうなるのかだが、裏で大量に確保されてるのか、それとも伊東市役所で展示していたのを仏現寺(佛現寺)に回すのかという疑問である。

 数年前に伊東市役所まで行ったのに「佛」と「仏」が同じだとも知らず、すぐ裏手なのに見ないで帰ってしまったのだ。だから伊東でも稲取でもどこでもいいが、まだ見てないリストに入ったまま。

 伊東市 仏現寺は石段の通路が曲がってて先が見えないのだが、下田市の天神神社は東伊豆町稲取 素盞嗚神社と共に石段が直線のため見渡しが良い。

静岡県下田市蓮台寺352 天神神社 [Googleストリートビュー]

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<考えて欲しいこと>

 屋外石段ひな飾りの元祖は千葉県の勝浦(かつうらビッグひな祭り)だと思うが、それを見て周辺で真似されたから伊豆は真似にしても後発。伊豆の誰かが発案じゃない事は確か。

 以前に問題提起したが、メロンの中央にソフトクリーム(富良野 ポプラファームの登録商標 意匠権利)、プリン(尾道プリンの意匠登録で動物を変えれば侵害しないのか?)、フルーツサンド(岡崎市の業者と包みのデザイン似てる)など、どこかで見たものばかり出てくる。いつか訴えられるね。
 侵害かどうかは裁判所が決めることだが、それ以前に当方からすると恥知らず。大勢の客が知らなければそれで良いのだろうか? そのまんますぎて触発されたとか、参考にしたなんて言葉が使えない。

静岡県民の性格を表す言葉として「遠州 ○○、駿河 □□、伊豆 △△」を出してきたが伊豆も○○だった!

 客のほうとしては「井の中の蛙 大海を知らず」ではない。東京なら全国各地の情報が放送され、都心部なら都道府県アンテナショップが集結していて実物を見ることができる。情報が入ってると現地に行ったとき何か自慢げに言われても、心の中で「各所にあるけど」「あっちのほうが旨いよ」って思うことがある。

ひな飾りの真似に権利は発生しないが、よく調べてからにして欲しいと常々思ってる。

 東伊豆は客層として関東圏であるのに行政区分によって関東の情報が遮断され、ケーブルテレビで関東の放送局が遮断されてしまった。関東と中部に挟まれて独立した静岡メディアとなった。そこから中部メディアの流すのを参考(真似)が増えた感じもしている。

 20年以上前からローカル線に「ねこ駅長」がいて報道されてから各所で真似された。別の動物にもなり、伊豆急のように名誉駅長として人間も各所が真似した。そのままより良いが、ひねっても真似の連鎖が収まらず独自性がないのだが、全国的に二匹目のドジョウじゃなく数百匹目なのが現実。

 おしまいに救いの言葉だが、事情ツウから恥知らずと思われても良いのであれば、権利さえ侵害しなければ効果があった催しの真似が最も楽な集客手段である。


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| emisaki | 2022-04-28 Thu 23:07 | 伊豆::考察・批評 |
貫一お宮、梅と芸妓に続く、あつお絵柄マンホール@熱海
 「貫一お宮」と「梅と芸妓」のマンホールカードは戴いているが、あつおのマンホールもあることを知った。そういうことは、と思ったが あつおマンホールカードは無かった。

 下水道広報プラットホームというお役所的な組織が関係しているが、企業キャラも使われてるため発行に問題ないだろう。問題っていうなら2000枚で4万円と高いところ。1枚20円と言えども枚数が少ないせいか印刷として高い部類に入る。こんな無駄は仮想空間に移行すべきだが、スマートフォンがないと受け取れなくなりそうだ。

 マンホールカードなんて捨て置けることだが、気になったのが、それでいいのかって番組に「永遠の28歳」が相談で御出演。そういえば愛しの八重歯ちゃんに向けて永遠の18歳と言ったっけ。

 何年か前かと思うが芸妓組織はずっと熱海が日本一だったのに箱根にその座を受け渡すことになったとニュースで見た。ところが昨年に聞いたニュースではコロナで箱根の芸妓が大量に辞めたって報道も聞いたので現在はどうなってるだろう?

 お約束のようにお座敷遊びとやらを持ち出していたが、おっさんになってもそこに全く関心がない。俺の場合は特に酒を一滴も飲まないから芸妓に限らず酒の先には関心がなく何の助言もできないが、伝統と時代遅れが混同されてるのではないかとは思う。

 たとえば小さい頃にゲームウォッチってあった。テレビに繋げる古いゲームではブロック崩しとか、それ以前の捨てられたのでは棒と点だけでテニスゲームなんてあったが、それを今の誰が楽しめるのだろうか? 伝統芸能は残っても、伝統遊びは無理でしょ。現代版ベーゴマのベイブレードさえ過ぎ去った話。改良しても現代は一過性しかないため作り続けねばならない。

 ところで、あつお と まめっこ は いつ結婚するの? おっと、まめっこは大富豪に乗り換えて、あつおに蹴られるのか。あれはバッドエンディングだし大多数の人には男尊女卑のDV像だから観光資源としては風前の灯火。二宮尊徳の「読みながら」像が消えたように説明より見た目が第一。私は調べたから知ってるが標準で知ってるのは老人だけだもの。

熱海市 >> マンホールカードの配布について
熱海芸妓見番

| emisaki | 2022-04-24 Sun 23:21 | 伊豆::考察・批評 |