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猛威を振るい続ける地方症:頭の病人と意思疎通はできず
 12月1日から冬の交通事故防止運動が始まってるが特に地方で行われているのは必然だからだ。いつもながらに思う。私は凡人だから日々精進してきたのに上なのか。それほど世間が狂気に満ちている。

 標語自体は的を射ているのだが事態は悪化の一途である。今週も不慮の事故じゃなく “一十五六四” としか思えない事件(通称 事故)の報道が多かった。
「自転車も 車と一緒 その責任」 「自転車も ルールを守る ドライバー」
「聴いてみて イヤホン使わず 外の音」
「スマホより 集中するのは 前の道」 「危険だよ スマホに夢中の そこの君」
「知らせ合う 早めのライトと 反射材」
「ゆるさない ハンドル・スマホの 二刀流」 「スピードは 視野も心も 狭くする」
一般財団法人 全日本交通安全協会 交通安全年間スローガンより引用

 こうして交通安全川柳みたいなのを作ってる人が事の本質を理解してると思いたいが、「道を歩けば犯罪者に当たる」状況下で、いったいどれほどの割合で本質を理解してるのか?

鉄道会社では「目の前の人をよけるより、大事なことってなんですか?」と啓蒙活動中。

 私にとっては、よそ見しながら歩くとか、周囲の音が聞こえないなんて恐怖でしかない。それは東京に寄って集ってきて、まともヅラした狂人たちを少年期から認識してきたからだ。小さい頃からウォークマンなる代物も存在してたが品名どおり使うなんて有り得ない。

 コロナ禍以前まで長年と地方症の連中の不道徳ぶりに出くわし、奴らは「目で他人が見えていても、脳では自分しか存在してない」との結論に至った。あおり運転から続く数々の暴行事件や死に至らしめる事件が十分に証明してくれた。
 自分勝手な迷惑行動であるのに、それを阻害してくる者は暴力で排除するという頭の病気どころの騒ぎじゃない。東名高速道路上での事件なんて事実上の人殺しだし、さんざん報道された常磐自動車道上での殴打事件では犯人の鬼の様相を思い出すよう、あおり運転をしてきた奴らはキ○ガイよりも悪魔である。

 2020年の緊急事態宣言中にマスクしてないと注意され逆上して首を締め上げ下半身不随にしやがった鬼畜が1年半経過して逮捕されたが、世の中にはコロナ禍を無関係に、そうした動物以下の奴らが激増し、率として大問題は、クズだと判りやすいヤンキー、チンピラよりも、真っ当ですヅラしてる大勢だと言うことだ。そいつらの認識の無さが本当の犯罪者を生み出してきた…

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 私の幼少期からの体験であると、教育されることは微々たるもので私の学校ではスタントマンが交通事故を模倣して見せるなんて授業もなかった。多くは生活環境から得たことであり、その後に成人してから見えたことは「やってはならない事を学習できる人と全く理解しない人がいる」ってことだ。そして個人的な調査によると能力差は育った環境に一致していた。

 その道徳性を受け付けるか、受け付けないかが遺伝的なじゃないかと思ってる。もし集団生活で備わるなら、江戸より長い歴史の大阪、関西人が現在も学習せず自分勝手なクズだらけであるはずがない。当人は真っ当だと思ってるのかもしれないのは、肥溜めの中のうんこは自分が臭いとは感じないからだ。もちろん全員だとは言わないが恐るべき高い確率としか思えない。

 元・関西を仕切った政治家でテレビ番組コメンテーターと化している人の「社会性に見せかけた自己中発言」を聞けば集団生活能力の無さがよくわかる。家庭内で昔のよう集団化してるくせに、なぜ理解できないのかと思う。

大勢の他人がいない社会でもだが、反対に烏合の衆の中では更に集団生活能力が得られない。
無秩序侵略された東京も烏合の衆と化した。



 田舎で登下校の小学生が車に挨拶するなんて映像が放送されるが「やらされてる感」が漂ってきて、事の本質を理解させてないから確率的に悪に転ぶ連中が出てくる。

 既に伝えられたように全国の鉄道会社が『目の前の人をよけるより、大事なことってなんですか』ってのを駅貼り告知してるわけだが「地方症」と名付けた究極の自己中どもには響かない。

なぜなら頭の病気だから。何が悪いって言ってくる連中さ。やめる気配が全くない。奇病。



 告知や報道されてきたが、自転車の歩道走行は犯罪なのに誰がやめましたか? 認められてしまった点では車道が危険なときだけ徐行してますか? 歩きながらスマホは一部の条例違反で法的拘束力がないが他人を死に至らしめる可能性がある非人道的行為であること疑いようがない。自転車運転中であると既に何人も殺されてきた事件があるように道路交通法違反の犯罪者。

 大量の人間が毎日犯罪行為でも放置されてる。街中の警察官も違反してるし、交通安全週間なんて取り締まり強化の職務なときしか動かないほど警察官すら認識してない。

 職務ご苦労様と思うが、警察官が自転車で歩道を走行することからやめなくては示しが付かない。地方症と名付けた立証できないが遺伝的や生活環境にて狂った概念が生じる病は警察官とて正せないのだ。



これらが地方症と名付けた当事者には自覚症状がない頭の病気の怖さ。

 それを大きく言うなら国家間の紛争になる。過去の偉人があの国と関わるなと言ってたのに関わり続けてどうなりましたか。本質を理解するまで国内ですら観光や商売引以外で接触してはならないのだ。

 旧約聖書 創世記 第11章 - 有名なバベルの塔が例になる。民は集団で好き勝手なことを始めた「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ってことだ。バベルの塔では神が言葉を通じなくさせ建てるのをやめさせたが、居住移転自由、憲法違反だとか能書きを垂れやがる。憲法をよく読め!「公共の福祉に反しない限り」と書いてある。それで通行手形の復活を願った。嫌なら基準に従え。

 私は自分が劣ってると思うから勉強する。ささいな失態をしても自己嫌悪に陥る。なぜなら、それが他者の生命を脅かすかもしれないからだ。

新型コロナウイルスでは反マスク、反ワクチンなる社会性のない個人または集団が出現した。
自覚症状がない奴が恐ろしいし、開き直ってる奴らは真っ当な人間じゃない。

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| emisaki | 2021-12-09 Thu 12:58 | 生活::集団生活 |