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高野山町石道(ちょういしみち) 下調べにて断念 <調査>
南海電鉄高野山町石道

 南海電鉄のコース紹介を読むと出発点は南海電鉄高野線 九度山駅で約22km、6時間35分と書かれていた。Googleストリートビューはなかったが、登山ウェブサイトに各地点の写真が掲載されていたが、それを見る限り精神的に挫折する。各所にありがちなのだが高低差の使い方が非効率。

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 効率が良いところは今となっては道路が通じており川に沿っている。なぜ、いきなり尾根を沿っていき、なおかつ、上ったり下ったりの非効率な道を作ったのか疑問が生まれた。当時としては谷間より山の尾根沿いのほうが安全という考えだろうか。

 文明の利器の利用にて九度山駅まで行くわけだが高野山町石道の開始点へ行くには、そこからいったん逆方向へ進むことになる。川岸に「空海が歩いた道 船着き場址」があって基点の「慈尊院」を通り抜けるようになってる。そこから急激に山を登る。紀の川から高野山町石道展望台 まで直線距離で900m、高低差200mは直進できるはずもなく、衛星写真で見えた道らしきジグザグに上るかと思ったらそこは農道で、実際は遠回りしていた。

 その先の高野山町石道は雨引山の西側から反時計回りに進むが、笠木峠から金剛峯寺大門までが複数の谷間を越える非効率な道に見える。ずっと尾根を遠回りしてきたのに高野山に近づいたら急に上り下りを繰り返す直進コースになる。

 慈尊院のほうを開始点としたが、一町(109メートル)ごとにある町石の番号は高野山から始まって慈尊院の180番目で終わってる。現在の計測で約22kmだが、当時の町石からすると 0.109×180=19.62(約20)kmと出た。


 標高を示す地図にて、九度山駅から紀の川へ十数メートル下り、標高60mくらいが船着き場址、そして慈尊院を経由して歩行距離7kmにて標高600mへ一気に上る。次の8kmは細かい上下を繰り返し谷間にて標高500mまで下がってしまう。次の7kmでは細かい上下もありながら最高地点は標高850mの金剛峯寺大門であった。

「健脚向き」となってるが、ハイキングとしては上級を越えると思われ軽い登山コース。

 紀伊細川駅からのコースも示されているが、高野山ケーブルカーで行き着いたところから歩きにすればと思ったら、「バス専用 人・車 進入禁止」なる看板が見えた。1段階戻って、南海電鉄高野線の終着駅 極楽橋から高野街道京大坂道なる山道がありバス専用が終わる女人堂に通じている。

金剛峯寺大門から奥之院まで寄り道なしで測ったら4kmだったから、それだけで十分に歩く。


高野山町石道コース(上級)
高野山黒河道コース(上級)

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| emisaki | 2020-07-22 Wed 12:37 | 旅・散策と行事::計画・調査 |