2020-09-13 Sun
販売店のミスで入荷を待たされるならばと購入を保留したため調査を深めてる。その昔、AC100Vと115Vや100-120と220-230Vあたりの切り替えスイッチが付いてたのを思い出すが、整流回路の進化にて90-230Vなんてのが普通になった。販売側としては端子形状以外は世界対応で楽になったわけだが、仕様書をよく読むと入力の電源電圧が230Vと115Vでは230Vのほうが効率が1~2%高い。50%負荷で230Vだと効率は93%だが、115Vでは92%を下回る。100Vだとかろうじて80PLUS GOLD規格を満たすのではないか。
80PLUS規格でSTANDARD~BRONZE、そしてBRONZEとGOLDは大きく違いGOLDまでと効率が10%も違うが、GOLD~PLATINUM~TITANIUMの間は2%ずつと大差ない。一部のメーカーが公表している負荷率と効率を示すグラフによると低負荷時の効率がガクンと落ち込むためアイドリング時の消費電力が気になった。製造の当事者は知ってるわけで、値段が高めの電源になると低負荷時に無駄な電力を喰わない機構を組み込んであると宣伝している商品がある。
GOLDかPLATINUM規格かより部品の質や機能を追及するもメーカーの宣伝を信じるしかない。電源からケーブルが直に出ていると交換は不可能だし、プラグイン方式も規格じゃないから別途購入することができない。よって最初から付いているケーブルの品質に左右される。邪魔でも導線が太いのが欲しい。
850Wクラスで、GOLDが1万5千円、PLATINUMが2万円、TITANIUMだと4万円を越えるため、選択肢としてGOLDかPLATINUMになる。
私の要望は連続動作時の安全性と電気代である。差額が生まれた場合に実際に使用する年数で元が取れるのかどうか。80PLUS GOLDは最低ラインとして、電気代が年間1000円安くなるなら上位製品を買うんだが、指標がまるで見えない。
2020-09-12 Sat
一般的な辞書ってのは世の中が間違うとそれに合わせたことを書くので正しいかの指標としては使いにくい。だから書いてあることが異なってきている。調べると「2~3」と「5~6」に分かれるようだが、私の解釈は昔から後者の側で5は区切りが良いため6~7の曖昧な範囲だと感じてきた。なぜなら、2~3なら二三日(にさんにち)や二三年(にさんねん)と言われてきたからで、ほかの日程だと言いにくいのが「数日」「数年」やら「数個」などと表現した理由であろう。
生まれてからの経験的に2~3で使ってる人はいなかった。そういう認識であるから大学生が「あと数年で社会に出る」なる発言において「どんだけ留年するんだ」って言いたくなるわけ。
ふと思ったのだが英語の a few の誤訳が原因だろうか? 我々の時代で既に 2~3 と訳されてきたからな。近年にそれを「数~」で示す迷惑な辞書や教科書があるのかも。ところが a few は絶対数量じゃなく相対的に少ないって意味だから5万人収容のスタジアムに千人しか入ってないなんて時も使われてる。教科書で古典英語に加えて嘘ばっかり教えられてきたから勉強しなおすことばかり。受験という単発的なこと以外で役立たずの二度手間。
意味を知らねば五十歩百歩が大違いと言い出すのだが、本件は2~3と5~6じゃ大違いですよ。
というわけで、いつから2~3なんかで使う奴らが登場したのか? こんなに違うと問題が生じる。
2020-09-12 Sat
だ・か・らー マスク拒否は発端であって緊急着陸して警察に突き出された原因は恫喝したり暴れそうになったからだろ。状況を飲み込んで語ってるのか?そんなことでは他人を馬鹿呼ばわりできない。ガキのツイートと同次元だ。迷惑人(容疑者?)は共同通信の取材で頭おかしいかな、後付けの自己弁護を展開しているのだぞ。大勢を占める奇病の持ち主には何が正しい行動か理解できない。案の定というか現れたのが、インターネットの悪口を叩きながらインターネットで生計を立ててるように見える奴や例によって富を独占して悠々自適な最上位学校中退の元受刑者とかが代表的だが擁護に賞賛とクズ思想を展開。何かとそういう奴らは社会の調和を乱すことを推奨しているとしか思えない。私が指摘し続けている “地方症” の極致である。高学歴なのと集団生活能力の無能さは関係がないから人間性を見て「東大のバカ」なる言葉を使ったマスメディアがあったのも、うなずける。
そうした心理的状態は、無秩序な異端者による真っ当な生活に進めようとする人達への反抗、異端によって孤立したがゆえの「かまってちゃん」かもしれない。頭が良いはずの連中なくせに、それはどんどんと自分が追い詰められるってこと理解してない。よって次々と異常性が加速してしまう。もしかすると、かつてオウム真理教に高学歴が何人もいた理由と同じに思え、これは恐ろしい。
明らかに間違った行動は個々の考え方の相違とは全くの別問題。ダメなことはダメと決まってる。
その異常性を噴出させ、自分が異端者であるにも関わらず世間の真っ当な考え方に噛み付きまくる“女性混雑時間”なるものの片割れであろう。ツイッターなんかでほざこうとも三流週刊誌の名の下でネット記事として取り上げなければよい。取り上げるから図に乗る。押し殺すには無視が一番。
2020-09-12 Sat
制度を改めよ、組織の大改革が必須ってのに微々たる値下げで誤魔化そうとしてるが、現代風に言えば消費者契約法違反と頼んでないのに時代遅れの法律にてふんだくられている以上は見るのを強引に探す一環として銀河英雄伝説も見てきたのだが、“だめだこりゃ ©いかりや長介” って感じ。 深夜だろうとNHK教育が放送すると考えれば真っ当に描かれてるはずがなかった。と言うよりオリジナル版が忠実に描きすぎていたかもしれない。戦争作品なので流血どころか内臓が飛び出てるシーンまで忠実にアニメ化されていた。だからこそ女性には受け入れられないが作りとしては正しい。
オリジナル版は人物像に関しても実に忠実だったが、リメイク版は美化っていう点で宝塚だ。この作品は宝塚歌劇団でも劇にされているのだが、それがアニメになった感じがリメイク版だった。登場人物をも美化してるから女性客を増やそうと画策したのだろうが、だとするとそこが大失敗の要因の一つ。そもそも女性が見ようとしたがる内容じゃないってこと忘れてる。
教育が必要な幼稚園児を現実逃避させ、おててつないで一緒にゴールするかのごとく現実から遠ざけること昔から実践してきたテレビ放送、そんな思想の塊なNHKがオリジナル版を放送するはずがない。だがリメイク版は、もう銀河英雄伝説とは言えない。
オリジナル版は制作年が古いため、法的に何ら問題なくとも、表現の自由に相反してNHKや民放連が勝手に定めて年々と増えている禁止語句(通称 放送禁止用語)や表現規制によって放送できなくなってるだろう。戦争の悲劇を伝えているのに、そのシーンが規定に反するという馬鹿間抜けな取り決めでだ。
NHKはリメイク版だろうと、このまま最後まで放送する気はないだろう。NHK教育にて数々の洋画も放送していたが最後まで放送したのってあるのか?おそらく短編だけであろう。私が知ってる時期のヤング・スーパーマンはシーズン1しか放送せず意味不明に終わったが、まるでDVD販売や有料ネット配信事業に誘う民間放送局みたい。だったら最初っから放送するなって言いたい。
人気がないのでやめたってことなら都合が良いほうに答えが転ぶのだろうか? 本国でだが人気がなければシーン10まで作られませんよ。我々からふんだくってるカネがあるだけに何かと放送を決定する段階で調査が甘いのではないか。
世間の反応を知らずに見て「なんじゃコレ」って感じたから調べてみたら案の定、「失敗」、「駄作」、「酷い」なる言葉が飛び交っていたように、民主主義的にも NO が突きつけられたと言ってもよいだろう。こうなるとNHKも放送は続けないだろう。
日本人は外国みたい評判が悪ければ即座にやめて方針転換をする決断力がない。政治家や官僚、役人と同じで始めたら止められず、ずるずる最後まで作るしかないところがお馬鹿さんである。
製造業にしても同じだが、市場調査能力が無能なほどまで落ちたってのに市場調査を疎かにするのが日本企業。これを通じて日本の駄目なところを教えてくれたってことなんだろうか? そんなわけない。失敗を許さないのが日本社会だから。犯罪は別として一度でも失敗したら落伍者のレッテルを貼られるのが日本なので失敗を認めなくなるし責任も取らない。
なぜ先にパイロット版を撒いて反応を見なかったのか? そういうのもできないんだよな。
収益を求めて美化したことにより我が人生のバイブル作品が汚されたようで悲しい。
アメリカのテレビ局やハリウッド映画がネタ切れでちょくちょく日本作品を利用してきたが失敗ばかりであり、リメイクや実写化ってのは想像を越えた難しさがある。下手に修正しないほうが身のためなのだ。銀河英雄伝説は使用曲(クラシック)が重要だったのにリメイク版ではなくなってしまった。
別件だが私はホルスト作曲“惑星”の木星(ジュピター)を先に聴いていたため、演奏家による違いを逸脱しすぎてる日本人による歌については拒絶反応が起きた。ビリージョエルの "This Night" とは異なり違い過ぎているからだ。その原曲であるベートーベン作曲ピアノ・ソナタ「悲愴」は「銀河英雄伝説-わが征くは星の大海-」のサウンドトラックに「出発前夜」として収録されCDは当家にもある。
学生時代、はまったきっかけはOVA化以前にアニメ化の様子見として作られたと思われる「わが征くは星の大海」をレンタルで見たことにある。いままでのロボットアニメやウルトラマンなど人間のエゴ、勧善懲悪やらドンパチ映画とは一線を画する作品だったからドはまりした。
その後、VHS販売やWOWOWで放送されたことを知ったが学生には手が出せなかった。
それで原作である小説のほうを読むことにしたのだが、これが10巻以上もあった(当時は外伝の全ては発刊されてなかった。最終的に本伝10巻、外伝9巻)。パソコン通信はあってもインターネットなんてない時代に1万円程度で買って読んで中古書店に流しても数分の1にしかならないため知り合いと読み回しの取り決めにて売り渡した。いま思えば「SF小説を通して社会を教えてくれた人生のバイブル」と呼んでいるだけに、お金があったら手元に置いておくべきだったと後悔した。
個人的に原作から外れるにしても恥ずかしいので修正して欲しかったのは、イゼルローン要塞とトールハンマーである。それはデススターとデススター砲にほかならないからだ。
STAR TREK:DEEP SPACE NINE (DS9) に見えた地球の背景が、DS9=沖縄(連邦の前線基地)/連邦=アメリカ、DS9に配備した戦艦名DEFIANT(挑戦的・傲慢)/フェレンギ=中国・朝鮮(嘘つき・男尊女卑)/カーデシア=ロシア・ソ連(冷徹・冷酷)とピタリと当てはまりすぎてた。
そのように銀河英雄伝説も地球の社会構造が見えた。
「君主制」と「共和制」、それぞれの腐敗構造。特に政治家の腐敗として「ヨブ・トリューニヒト」。フェザーンの「ルビンスキー」を代表とする富と権力を得た人間たちの邪悪な企み。
そして、現実社会で地下鉄サリン事件から白装束集団なる社会不安が続いた直後だったこともあり「地球教」なる不気味な集団が描かれているが自覚症状がないだけで正に地球教とはそんなのを信仰する未開人たる人間の恐ろしい思想。このように邪悪な世界、日本社会を小説を通じて教えてくれたと勝手に思っている。
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オリジナル版は制作年が古いため、法的に何ら問題なくとも、表現の自由に相反してNHKや民放連が勝手に定めて年々と増えている禁止語句(通称 放送禁止用語)や表現規制によって放送できなくなってるだろう。戦争の悲劇を伝えているのに、そのシーンが規定に反するという馬鹿間抜けな取り決めでだ。
NHKはリメイク版だろうと、このまま最後まで放送する気はないだろう。NHK教育にて数々の洋画も放送していたが最後まで放送したのってあるのか?おそらく短編だけであろう。私が知ってる時期のヤング・スーパーマンはシーズン1しか放送せず意味不明に終わったが、まるでDVD販売や有料ネット配信事業に誘う民間放送局みたい。だったら最初っから放送するなって言いたい。
人気がないのでやめたってことなら都合が良いほうに答えが転ぶのだろうか? 本国でだが人気がなければシーン10まで作られませんよ。我々からふんだくってるカネがあるだけに何かと放送を決定する段階で調査が甘いのではないか。
世間の反応を知らずに見て「なんじゃコレ」って感じたから調べてみたら案の定、「失敗」、「駄作」、「酷い」なる言葉が飛び交っていたように、民主主義的にも NO が突きつけられたと言ってもよいだろう。こうなるとNHKも放送は続けないだろう。
日本人は外国みたい評判が悪ければ即座にやめて方針転換をする決断力がない。政治家や官僚、役人と同じで始めたら止められず、ずるずる最後まで作るしかないところがお馬鹿さんである。
製造業にしても同じだが、市場調査能力が無能なほどまで落ちたってのに市場調査を疎かにするのが日本企業。これを通じて日本の駄目なところを教えてくれたってことなんだろうか? そんなわけない。失敗を許さないのが日本社会だから。犯罪は別として一度でも失敗したら落伍者のレッテルを貼られるのが日本なので失敗を認めなくなるし責任も取らない。
なぜ先にパイロット版を撒いて反応を見なかったのか? そういうのもできないんだよな。
収益を求めて美化したことにより我が人生のバイブル作品が汚されたようで悲しい。
アメリカのテレビ局やハリウッド映画がネタ切れでちょくちょく日本作品を利用してきたが失敗ばかりであり、リメイクや実写化ってのは想像を越えた難しさがある。下手に修正しないほうが身のためなのだ。銀河英雄伝説は使用曲(クラシック)が重要だったのにリメイク版ではなくなってしまった。
別件だが私はホルスト作曲“惑星”の木星(ジュピター)を先に聴いていたため、演奏家による違いを逸脱しすぎてる日本人による歌については拒絶反応が起きた。ビリージョエルの "This Night" とは異なり違い過ぎているからだ。その原曲であるベートーベン作曲ピアノ・ソナタ「悲愴」は「銀河英雄伝説-わが征くは星の大海-」のサウンドトラックに「出発前夜」として収録されCDは当家にもある。
学生時代、はまったきっかけはOVA化以前にアニメ化の様子見として作られたと思われる「わが征くは星の大海」をレンタルで見たことにある。いままでのロボットアニメやウルトラマンなど人間のエゴ、勧善懲悪やらドンパチ映画とは一線を画する作品だったからドはまりした。
その後、VHS販売やWOWOWで放送されたことを知ったが学生には手が出せなかった。
それで原作である小説のほうを読むことにしたのだが、これが10巻以上もあった(当時は外伝の全ては発刊されてなかった。最終的に本伝10巻、外伝9巻)。パソコン通信はあってもインターネットなんてない時代に1万円程度で買って読んで中古書店に流しても数分の1にしかならないため知り合いと読み回しの取り決めにて売り渡した。いま思えば「SF小説を通して社会を教えてくれた人生のバイブル」と呼んでいるだけに、お金があったら手元に置いておくべきだったと後悔した。
個人的に原作から外れるにしても恥ずかしいので修正して欲しかったのは、イゼルローン要塞とトールハンマーである。それはデススターとデススター砲にほかならないからだ。
STAR TREK:DEEP SPACE NINE (DS9) に見えた地球の背景が、DS9=沖縄(連邦の前線基地)/連邦=アメリカ、DS9に配備した戦艦名DEFIANT(挑戦的・傲慢)/フェレンギ=中国・朝鮮(嘘つき・男尊女卑)/カーデシア=ロシア・ソ連(冷徹・冷酷)とピタリと当てはまりすぎてた。
そのように銀河英雄伝説も地球の社会構造が見えた。
「君主制」と「共和制」、それぞれの腐敗構造。特に政治家の腐敗として「ヨブ・トリューニヒト」。フェザーンの「ルビンスキー」を代表とする富と権力を得た人間たちの邪悪な企み。
そして、現実社会で地下鉄サリン事件から白装束集団なる社会不安が続いた直後だったこともあり「地球教」なる不気味な集団が描かれているが自覚症状がないだけで正に地球教とはそんなのを信仰する未開人たる人間の恐ろしい思想。このように邪悪な世界、日本社会を小説を通じて教えてくれたと勝手に思っている。
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| emisaki | 2020-09-12 Sat 12:49 | 大衆媒体::テレビ全般 |
2020-09-11 Fri
毎年10月下旬の日曜日に開催される「第48回 大江戸活粋パレード 日本橋・京橋まつり」の中止が発表された。3~4月に強制権のある締め付けが行われず、従わなかった連中が影で感染を拡大させていたことから終息どころか収束も考えられず、夏期よりも冬期に入るほうが危険だと考えていた。だから東京五輪の予定から10~11月に変更していた花火大会は全滅も予測、案の定、そうなった。多種ある中、日本橋・京橋まつりは混雑するほうじゃないっても東京のど真ん中での開催ってこともあり観覧客の密集度は高い。それよりパレードに登場する側も大勢となるわけだから準備段階で高密度が発生する。雨でも降らない限り近年の10月下旬は寒くはないが、反対に気温が高かったときマスクをしながらパレードするのも危険となる。自粛警察じゃなく誰が考えても中止しかなかった。
第二波と言われていたのが第三波の予測となってしまったが11月からのイベントのほうが寒くなって危険のため先に中止が発表されていたのが「世界キャラクターさみっとin羽生」で11月21日に24時間配信へと変わった。
→ 日本橋・京橋まつり
→ 世界キャラクターさみっとin羽生広報班(Twitter)
余談だが、予想どおり どうり どっちか間違ってるんじゃないかと気になってしまったが、「通り」と「道理」で似たような意味だったが何か後味が悪いのだった。
| emisaki | 2020-09-11 Fri 23:19 | 催し::情報・計画・考察 |
2020-09-11 Fri
レーザー兵器で攻撃されようとしている写真なんて撮れるはずがない。なぜなら見えたときには攻撃が完了して破壊されてるからである。いくら猛スピードで関知できる能力を持ったとしても見えないものには対処できない。攻撃してくる光線は見えたときには着弾。相対性理論の話を聞きかじっていれば、質量を持つものを光速にするのに無限大のエネルギーが必要となり不可能ってことになる。伝わらない以上は先に検知することは不可能。ああ言えばこう言うオカルト論者は支離滅裂でもあるから宇宙人のテクノロジーとでも言いそうなのだが探査機のカメラは低次元な人間のものだから。宇宙人と地球人が結託してるとかも言いそうだな。ならば結託してるのに火星まで何年もかかるの? どう勘ぐっても頭おかしいとかしか思えない。
火山を山神様の怒りだって言ってた昔の人を笑ってるよう 100年後の人に笑われそうだ。
過去にガンダムの作者がアビスって映画をけなしていたのだけど、ガンダムのほうが桁違いに非現実的なこと描いている。光速がクソ遅いばかりか、重力、加速度についてもほとんど無視。古典的な反動推進のくせに、ああも機体を動かす推進力が謎だ。重力を制御できてない背景で高速度の加速や急停止をしたら乗組員は叩き付けられて液体に変わってる。それを緩和させるには貶した映画アビスやミッション トゥ マーズで描かれてるよう液体に浸かるのが非力な人類が考える精一杯の手段だろう。
それら映画や漫画だから、どうとでも描けるわけだが、オカルト論者は現実を語ろうとしてる。探査衛星がレーザーで攻撃されようとしている光が写し出された写真なんて撮影できない。某番組でもガセネタに絵空事ばかりだ。陰謀論者よ、もっと賢くなれ。
| emisaki | 2020-09-11 Fri 00:10 | 旅・散策と行事::記録 |
2020-09-10 Thu
→ 東海テレビ放送 > 東海のニュース> ウーバーイーツ配達員の危険運転…警察がついに取り締まり わずか2時間で配達員16人に「警告」
自転車を取り締まるなら「赤切符」を切りましょう。根っから理解することができない頭のご不自由な連中に警告なんて甘いことを言ってるから死傷者が絶えない。
自己中の極致である“地方症”の典型症状で他人の存在が目に映っても脳では見えない。だから既に凝り固まってしまった人間の失敗作に対して論理的に説明しようなんてほうが無理で、法律でガツンと犯罪であることを明確に思わせるという残念な対策しかできない。
昭和よりもっと前からかもしれないが、警告もせずに、そして警告で済ませてきたからこうなった。酔っ払う行為が罪と認識されないよう自転車も昔から教育を失敗した。そこに昭和の集団就職が産み落とした都市生活不適合者どもの更なる子孫であるモンスター無秩序が加わってきた。
自転車、自動車など車両の運転中だけではなく、歩行中でも有り得ないイヤホン(ヘッドホンステレオで音楽聴きながら)に歩きながらスマホの何が悪いのかも理解できない頭のご不自由な連中。その行為をやってるだけで人間としての価値がない。
繰り返すが、自転車を運転している奴は100%犯罪者(警察官を含む)は過言じゃない。2016年6月まで歩道についての例外はなかったが警察官も歩道を走っていた。いまでもそれは変わってない。危険じゃなくても車道を走らず徐行もしない。だから釈迦に説法が愚かな行為じゃなく警察官に道交法の説教が必要。
警察官になったとしても根付いた“地方症”は治らないのである。もちろん法律を説いているから俺らに叱られて奴らはぐうの音も出ない。自分で自分に赤切符を切れ! 今は他人を取り締まれる警察じゃない。
警察が日頃から見逃してきたから阿呆どもは、やっても良いと思い込んでしまった。さんざん戦ってきたこそ解るのだが、他人がやってれば自分がやってもいいって浅はかな考えしかできない連中。
横断歩道は車道上である特質上から歩道走行の例外には含まれておらず、いかなる車両も通行することはできないのだが自転車の阿呆どもは通行、走行しやがる。そして、例外による歩道通行も時速5キロ以下のノロノロ運転が徐行(通行区分違反+速度超過6ヶ月以下の懲役または10万円以下の罰金)だって警察庁が見解を出していたのに都道府県市町村警察も理解してない馬鹿ぶり。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」という極悪な言葉を現実化させた。死んでいった人も含めたら何億人「前科者」と言っても過言ではない。今起きていることは確信犯とも言える連中で、さんざん報道されているのに大人になっても守る気がない人間のクズを問題視している。
どうやら“地方症”を患ってる連中は自分がどんなに愚かな人間なのかに気づかず真っ当なのだと思ってる。幼少期から違法行為を繰り返しても誰にも咎められたことがないから罪悪感を持たない。
大勢の他人の中で育たず真っ当な社会生活と教育ができない末路ってこういうこと。そうした連中が社会を構成してもマトモな子は育てられないから集団就職で人里に降りてきた団塊の世代の孫は無知無能のままモンスター集団と化してしまった。そうしたモンスター チルドレンは自分が人殺し行為をしてるなんて知らない段階から、知ったこっちゃない段階へと移行してしまった。
原則歩道走行禁止/歩道を通行できる場合もノロノロ運転/左側通行/赤信号は止まれ、この幼稚園レベルの法的義務のどれも守れない。東海テレビのニュース映像は名古屋市の中心部である栄の周辺であり、車道が広いばかりか歩道も広く、伏見通り、桜通なんかには自転車専用道があるにも関わらずそこを走らない奴が多い。久屋大通なんて自転車が通るべきところが違法駐輪場にされてしまってるから歩行者に危険が迫る。
栄の中心部が酷くても比較的に東京より安全なのは道路が広いからだが、逆にそれだから無謀運転がやりやすくなる。東京で安全だった商店街が危険になったのだが、それは賑わいが衰退したことで人通りが少なくなり暴走チャリがデカイ面しで走れるようになったからだ。コロナ禍がそれと同じ状況を作り出している。
地方は好き、でも地方症に冒され真っ当な社会生活もできない“怪物”に反吐が出るだけである。
子育てに良い環境と称して色々な意味の“怪物”を育てているということに、いつ気づくのでしょうか?
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自転車、自動車など車両の運転中だけではなく、歩行中でも有り得ないイヤホン(ヘッドホンステレオで音楽聴きながら)に歩きながらスマホの何が悪いのかも理解できない頭のご不自由な連中。その行為をやってるだけで人間としての価値がない。
繰り返すが、自転車を運転している奴は100%犯罪者(警察官を含む)は過言じゃない。2016年6月まで歩道についての例外はなかったが警察官も歩道を走っていた。いまでもそれは変わってない。危険じゃなくても車道を走らず徐行もしない。だから釈迦に説法が愚かな行為じゃなく警察官に道交法の説教が必要。
警察官になったとしても根付いた“地方症”は治らないのである。もちろん法律を説いているから俺らに叱られて奴らはぐうの音も出ない。自分で自分に赤切符を切れ! 今は他人を取り締まれる警察じゃない。
警察が日頃から見逃してきたから阿呆どもは、やっても良いと思い込んでしまった。さんざん戦ってきたこそ解るのだが、他人がやってれば自分がやってもいいって浅はかな考えしかできない連中。
横断歩道は車道上である特質上から歩道走行の例外には含まれておらず、いかなる車両も通行することはできないのだが自転車の阿呆どもは通行、走行しやがる。そして、例外による歩道通行も時速5キロ以下のノロノロ運転が徐行(通行区分違反+速度超過6ヶ月以下の懲役または10万円以下の罰金)だって警察庁が見解を出していたのに都道府県市町村警察も理解してない馬鹿ぶり。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」という極悪な言葉を現実化させた。死んでいった人も含めたら何億人「前科者」と言っても過言ではない。今起きていることは確信犯とも言える連中で、さんざん報道されているのに大人になっても守る気がない人間のクズを問題視している。
どうやら“地方症”を患ってる連中は自分がどんなに愚かな人間なのかに気づかず真っ当なのだと思ってる。幼少期から違法行為を繰り返しても誰にも咎められたことがないから罪悪感を持たない。
大勢の他人の中で育たず真っ当な社会生活と教育ができない末路ってこういうこと。そうした連中が社会を構成してもマトモな子は育てられないから集団就職で人里に降りてきた団塊の世代の孫は無知無能のままモンスター集団と化してしまった。そうしたモンスター チルドレンは自分が人殺し行為をしてるなんて知らない段階から、知ったこっちゃない段階へと移行してしまった。
原則歩道走行禁止/歩道を通行できる場合もノロノロ運転/左側通行/赤信号は止まれ、この幼稚園レベルの法的義務のどれも守れない。東海テレビのニュース映像は名古屋市の中心部である栄の周辺であり、車道が広いばかりか歩道も広く、伏見通り、桜通なんかには自転車専用道があるにも関わらずそこを走らない奴が多い。久屋大通なんて自転車が通るべきところが違法駐輪場にされてしまってるから歩行者に危険が迫る。
栄の中心部が酷くても比較的に東京より安全なのは道路が広いからだが、逆にそれだから無謀運転がやりやすくなる。東京で安全だった商店街が危険になったのだが、それは賑わいが衰退したことで人通りが少なくなり暴走チャリがデカイ面しで走れるようになったからだ。コロナ禍がそれと同じ状況を作り出している。
地方は好き、でも地方症に冒され真っ当な社会生活もできない“怪物”に反吐が出るだけである。
子育てに良い環境と称して色々な意味の“怪物”を育てているということに、いつ気づくのでしょうか?
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| emisaki | 2020-09-10 Thu 22:10 | 大衆媒体::テレビ全般 |
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