2025-08-20 Wed
『他人(ひと)の褌(ふんどし)で相撲をとる』では足りず、もっと広域に捉える必要があった。責められたとき、嘘、論点ずらし、責任転嫁、妄想劇場は社会性の無い奴の典型症状。自分勝手のためなら、ありとあらゆる手口を繰り出し、飛車角を取られたら王様の最後は逆ギレ敗退。
井の中の蛙な無知なる人々を従えて組織化するから異常な活動家やカルト教団が誕生する。御山の大将も加え諸悪の根源である。そんなイカレた劇が日本中の政治に見られるようになった。
そうした本当に怖い巨悪思想に比べたら古くからある政治献金に資金パーティーなんて強欲ジジイの集いで下衆野郎だとしても大きな問題ではない。本当のクズは有権者側にいるから。
交通違反や路上喫煙者など犯罪者たちと対峙してきた実体験や、巷での犯罪行為にて自分勝手なことを言い放ってきた特定の人達に共通する事例なのが見えてくる。
過疎地ほど支配者になれたり、自分勝手が可能で思い込みやすいから交通なら暴走族、無謀運転、あおり運転な異常者、犯罪者を生み出す環境が整っている。
たとえば警察の交通違反の取り締まりでも言い放つ奴らがいて、それと同じ事を別々の人から何度も言われた。スピード違反で「私だけじゃない」「みんなやってる」「周囲の奴も捕まえろ」という。自分が犯罪者であること無視した論点ずらしな逆ギレは集団生活能力が欠如した日本の大多数にみられる。
警察24時などのテレビ番組での人間のクズを見て伝染している可能性もあるが、そうさせるのは社会性の無い生活環境の悪さで育ったからだと分析した。
放送媒体を乗っ取ろうとした流れで違法行為をした元受刑者も全く同じ言いぐさだったが、それ以降の社会に対する数々の発言も実に田舎者の御山の大将だからだった。
『大勢の人が目で見えても頭の中では自分しかいない』と例え、『三つ子の魂百まで』も例にしたが、小さい頃に御山の大将(小皇帝)に育ってしまうと植え付けられた概念が正されることがない。
そうした奴らの信奉者がいるのは日本中の大多数が社会性がなく育っているからである。『烏合の衆』という言葉も使ってきたが、例えば、おせっかいが序々にやってくる人々を教育して秩序を保ってきた江戸東京も秩序なき大量移住により破壊されてしまった。
そうして誕生してきたのが「可愛げ無しのジャイアン」で、単なる化け物であった。
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