2026-08-11 Tue
どこかに置いてあるのは覚えていたんだが配管清掃のためピーピースルー(業務用洗浄剤)を取り出すとき発見してしまった。15年間も熟成させて危険な代物になってしまい中身は捨てることになるも、栓抜きを探すことから始まり、学生時代から長く使ったことがない。配管清掃で手袋とメガネと防塵マスクをしていたから危険物処理できる状態。ビールは変色してたが臭いかどうだか書き残したいところだが通常で悪臭だと感じてる私に感想は無理。
だいだいサイダーはねじって開ける蓋だが内部圧力が増していて手では太刀打ちできなかったためペンチで開けると腐った系のアルコール臭を放った。新型コロナウイルスにて学習したが、防塵マスクだろうが何だろうが臭い(匂い)分子は非常に小さいため防いだら息が出来なくなる。


ゆめちゃんは2015年だからラベルが違う。

だいだいサイダー空き瓶の後ろに並んでる瓶はご当地ラムネで写真がないため掲載していないが2010年7月3日、千葉県 柏そごう(2016年9月30日閉業)にて だいだいサイダーと一緒に買ったと思う。だいだいサイダーは6本くらい買って1本だけ保管したまま忘れちゃった。
2026-08-02 Sun
建物の解体はされていたが長期間で塀だけ残り、内部はコンクリート片が転がっている状態だった元・玉乃井旅館本館跡地にホテル ヴィラージュ熱海が開業した。住友不動産という看板が貼られてからも長らく時間貸し駐車場だったため先行きが不透明だったが、ラビスタ熱海に続いて工事が始まり2026年7月17日にプレ・オープン、8月1日にグランド・オープン。
5万円以上の高級だから泊まるのは無理なのも私が電車を単なる移動手段と言うようにホテルも寝てる以外は長時間いたことがない。どこかの場所に目的があり、宿は目的地ではない。
豪華な食事も不要だし、私に限っては温泉すら不要で旅館や観光ホテルは無駄になる。ですから素泊まりのみで食事は街中に出るってシステムを導入してるホテルは素晴らしい。部分対応だと従業員と設備が必要になるため割高になってしまう。
隣(北側)が駐車場のままだから、そこまでの土地は取得できなかったのか、する気もなかったのか、まったくわからない。昭和の写真だったかで玉乃井の隣ってパチンコ店があったような?もしかすると糸川の向こう側かもしれないが、その写真をどこで見たのか忘れてしまった。何かあったとしても玉乃井より遠い昔になくなってたはず。
真っ当なデジタルカメラを買ったのが2005年だし、その前のビデオカメラも花火しか撮ってない。町を撮ろうなんて少しも考えてなかった。爺さん婆さんの遺品アルバムを探れば昭和30とか40年代のが出てきそうだけど部屋を広くするため壁のよう集めた奥にあったと思うので発掘する気力がない。自分が撮った街中の写真は2009年までしか遡れない。
玉乃井本館は確か2008年初頭には閉業してたはず。だから熱海で宝に出逢ってちょくちょく行くようになったときは、リゾートマンションになってるか廃墟のままな建物が多かった。
東日本大震災が起こらなくても2011年は熱海の観光業はドン底だったため、熱海市役所の「ADさんいらっしゃい」なるロケの誘致、支援事業がなかったらV字回復してたか謎だ。ロケ支援は真似されてるが、東京からの立地条件の良さからテレビ番組制作は今でも「困ったときの熱海」。
新かどや旅館のちょっと下にもコンクリート建物の廃墟があったが2010年代に解体された。そこの前の道は梅園から熱海所記念病院のほうへ抜ける道としてよく使っていた。
元・福島屋旅館(既に更地)と奥がどうなってるかも不明だし、地方職員共済組合 新熱海ホテルの跡地はどうなるのか?
2026-07-20 Mon


余談からはじまるこの話題、土曜日のテレビ東京「三ツ星☆MAP 夏の伊豆半島で香取慎吾がまだ見ぬ穴場絶景&グルメを探す旅」にて、「余計なところ教えやがって」と見ながら怒ってた。隠れ家の店をテレビで伝えられて入れなくなって困った人の気分か。
熱海こがし祭りの投稿写真を別の角度から見ている。私が注目しているのは背後や端に見える部分。急速に変わる熱海の街を映し出してくれていた。
ホテルかつら、ホテルミクラス(大月ホテル)の解体工事に入ったのは知ってたが、もうすっかり更地になっていた。それで見えたが裏の建物も解体されてる。ブルーナインカフェがある建物だけ残って、隣から和風館のほうに向かってずっと無い。
まとめて取得されたとすると今まで裏が低層だったのが救いだが、バブル崩壊後に建ったボッタクリ管理費なマンションのように邪魔な壁ができあがりそうだ。金の亡者、加えて害資系なんて入ったら「自分だけ儲かれば関係ない」って考えだからな。日本の悪党を越える犯罪帝国民がやってきた事件やイスラム圏民となれば日本の法律を守る気がないからもっと怖い。おこぼれ頂戴なんて情けない行為をやめ、外資が入るのを食い止めることこそ安泰の道である。
もう遅いくらい喰われちゃってるけど、こうなったのも熱海の経営者に能力がなかったから。居抜き物件で営業できてるのが証拠である。名前は残っても外資営業は情けない。
<丸源ビルの複数が解体されている模様>
清水町のマルゲン58が解体されたことがわかった。1年以上前のため今がどうなってるか不明。
その場所は建坪率80%、容積率400%の商業地区だが、裏手の角にある駐車場が敷地だったとしても80%は有り得えず90%は必要である。よくある耐火10%、角地10%緩和があり利用しないと無理。
周辺の建物を見ても建坪率80%は有り得ないから緩和特典があるはずだ。少なくとも建てたときは合法だったのでしょうから。
<郵便局近くの広い空き地が宅地化してた 地域住民なら買ってる>
2024年に熱海郵便局の北西の広い土地(水口町12-3)を分割して宅地販売されていた。元がなんだったか記憶にないが、ずっと駐車場でしかなかったんじゃないか。昔は知らないけど。
看板だと全19区画、丘陵地のため東京並みに狭い熱海のくせに広い。20坪 平屋で1580万円、2階建て1880~2080万円、約36坪の土地で1980万円からと書いてある。
激安!と思ってしまうのは糞高い土地代の東京に生まれ生きてるから。
ウチの近くで売り出されていた物件の概要は、駅から徒歩15分(うちは11分)、土地18坪、建坪率60%/容積率200%、1階車庫ありの3階建てで8000万円。東京23区内の不便な場所でこれ。駅に近いとなれば60平米のタワマンの低層階だろうと1億円なわけよ。
熱海は土地が少ないため好立地な場所は非常に高い。東京駅から同じ条件にすると、宇都宮、高崎がJR運賃も同じで新幹線の停車駅となるが、町の規模が大きいにもかかわらず新築物件の値段は熱海より劇的に安い。
だが群馬や栃木は車社会のため路線バスは主要区間のみだから高齢者になったら生き地獄を見るかもしれない。結局は土地代の高い場所を選ぶことになるが熱海よりは少し安い。
<物件もボッタクリ価格はリゾートマンション、月々にも吸い取られすぎ>
住宅地の一軒家は安いがリゾートマンションはクソ高い!大金持ちで、どーでもいいと思ってる人か、不動産屋が見て鴨が葱を背負ってくる阿呆しか買わないでしょ。
熱海経済が転落してたき、越後湯沢の10万円ほど酷くはなかったが暴落し、所有者もほとんど来ないから照明がついてる部屋が少ししかなかった。
所有者とタクシー相乗りになったのだが、もう家族誰も来ないから空気入れ替えに来てると言ってたのを思い出した。今なら高値で売れそうですね。
物件を探してたから暴落したリゾートマンションを徹底的に調べたのだが、本当に必要な修繕積立金の横に、みかじめ料に見えてくるボッタクリ管理費の値段が東京都心より高くて呆れかえった。
「月額5万円が一般的」なる発言に大邸宅じゃないから、なめとんのかボケ(声には出さなかった)
それ、東京都心でコンシェルジュが常駐してるような高級マンションの金額です。タワマンでも管理費と修繕積立金を合計で広い部屋の金額でっせ。
<賃貸も東京の不動産屋と全然違い昭和に戻ったかのようだった>
古い一般住宅なら普通の値段でしたが調べたときは売りには出てなかった。咲見町ハイツは管理費と修繕積立金の合計で2万円以下だった。出てたのは定期借家物件の賃貸で月額10万円だったかな。東京からしたら安いが、熱海の住宅は高いんだよ。小田原や平塚とか生活に便利な場所より高いって認識が必要。
賃貸においても不動産屋による不当請求から守るため知ってる人には流行ってる原状回復をめぐるトラブルとガイドラインだが、そこで定められている事も守られそうになかったし、汚い契約を結ばないと貸さないなど地方は時代遅れがまかり通される。建築不動産関係、葬儀もだが舎弟企業が多い職種って危ねぇのばっかりだよ。
<リゾートマンションを買うと毎月部屋が借りられるほどの経費が…>
管理費だけで30年住むと1000万円と計算されたが、全世帯からの対価に見合うことなんてやってねぇーんだから裏にヤーさんかいるんでしょう。住民組合で管理会社を替えようとすると、えげつない嫌がらせが開始されるのを聞いたことがある。
一戸建てが買えるなら買って、仮にリゾートマンションを買ったら取られる管理費、修繕費用に少し足して貯めておけば豪華は無理でも35年ローンが終わる頃には建て替えられる金額になる。しかも運用してれば増えているはずだ。
一戸建てが売り出されていた場所だがマックスバリュまで最短200m、商店街への基準として清水橋(清水町バス停)まで400mだから起雲閣の裏と違って売れてるようで2024年5月の時点で基礎工事より進んでたのが9軒。
<起雲閣の裏は宅地化せず>
十数年前に区分割りして売りに出された起雲閣の裏手は全く売れなかったのか全体が魚熊商店の所有地となり、一角に住居とは思えない建物ができただけで長らく放置されていたが、熱海 RAKUTEN STAY 専用駐車場になっている。
法律で規制しないし円安容認のくそったれ政治にて喰われまくり、チャイナマナーに買収された元 染井旅館だが、ついに高めな料金の宿で営業開始するようだ。あのへんは窓を開けて景観を楽しむ宿じゃない。チャイナマナーと言えば先に買収されて営業中のパールスターホテルのほうが立地は良い。
<坂の途中、古い住居密集地へ続く道>
駐車場だったところに東急バケーションズ熱海が建って壁ができた。東京でのマンション建設にて隣の学校法人が怒ってたわけだが、熱海でも保育園の前(北側)の道を歩いたとき冬だから余計に感じた。
ラビスタ熱海が建ってからは行ってないが、更に壁が増えたことは確か。今は夏だから太陽の軌道が高いところだが、冬になると山の陰の前に建物の影で暗くなる。全国的に感じてきた西側に山もしくは建物の影だと15時なのに夕方な感じが漂って急激に寒くなる地域がよくある。
昔も影だったはずだが熱海グランドホテルが解体されてから二十数年と長すぎたのだが、過去より今のほうが高層建築になってしまってる。
熱海グランドホテルは2棟で海側が6階建て、その3階と奥の1階が繋げられ9階建ての建物だが、今そこに建ってる建物は18階建て 高さ59.49m。かつての建物は1階分が高いわけだが過去の写真から推定すると40mもなかったと思う。
<飲食店としては危険な古い建物の密集地が広範囲に買収されたか?>
チラッと写真に見えた風景から海岸線で解体された区画は熱海市渚町15と見たが、確定要素を増やすため Google Map で確認すると一帯が「閉業」となっていた。ただしホテル リブマックスの横(南側)は解体されていない。解体された区画を正確に見ると「質屋つるや」が奥を示す看板が付いてる建物だけは売らずに残ったようだ。海側の道路に面してるのが救いで、裏で残ると売らなかったほうが不幸せになるパターンだから。
周辺にも危険な建物はまだ多数残されている。地方であるほど率が高まるだけで都市部では、飲酒、喫煙は劇的に減ってきた。私が学生の時代にはもう「二十歳になったからタバコは時代遅れ」で薬物、ヤンキーの代物という扱いになっていた。
古い飲み屋は昭和中期までに生まれた人で終わり、一周まわって復活は有り得えず、ものずきな若年が入るには店舗が残りすぎてるから減ることは間違いない。
店舗としての価値は下がる一方であるが観光スポットとしての価値がどれほどあるかだ。
<S文字カーブで心臓破りの急坂の途中にドラッグストアーができてた>

熱海のV字回復によって商店だけじゃなくホテルが戻ってくれば従業員も増えるわけで生活するための家屋や店が必要になるのは当然のこと。バブル崩壊後になくなってたのが戻ってる。
<昭和レトロと言えば綺麗に聞こえる建物は老朽化で5階建てビルに>
熱海第一交通 配車センター(中央町14-26)がコロナ前に建て替えられて5階建てビルになってしまったが、和風建築を洋風に見せかけてる型で屋根のほうの壁面が崩れそうで怖かったとも言えた。
東京都内でも「せんべろ」地域の再開発を批判する奴らは危険性もわからぬ身勝手でであり残すだけが能じゃない。そもそも熱海はバブル崩壊の時期に多くが変わっていた。私からしてみれば親水公園から船着き場、湘南みたいな西洋風がドン引きであったから。「古くからある温泉地」として京都のようには守れず改築の方向性が狂ってたのだから後戻りはできない。
店主とともに老朽化は多数あるが、その中で喫茶くろんぼも「閉業」となっていた。「変な名前」と書かれていたが店名にするくらいだから悪気は無いのだが昭和にグタグタ言われた言葉。全自動カメラの俗名のよう、そう言われただけの人にとって何の悪気もない。逆に言えばアメリカの若年層がジャップやベトコンと言うのを知らないようなもの。
<古くからの住民は熱海大火の記憶>
昭和レトロという客の都合で残すべきと言う人がいるが、残せる構造と、残したら危険な場合がある。熱海には建築基準法もへったくりもない時代に建てられた木造家屋なのに隣にピッタリな建物が多数残ってる。若年層への熱海ブームによって住宅密集地の危険も知らない連中が金儲けに古民家を利用すると火災の危険が増してしまう。
2017年に公共浴場 山田湯のすぐ近く和田町3-9にて火災が発生、密集してるため隣の一部を焼き、死亡1、重軽傷6名。同じく2017年に小嵐町にて住宅6棟が全焼、1棟が半焼ってように延焼しやすいため危険なんだ。2025年にホテル金城館では宿泊客全員が避難を余儀なくされ、2012年2月25日には「志ほみや旅館(現:湯宿一番地)」の従業員寮から出火して全焼、怪我人なしも宿泊客は避難させられる羽目に。テレビ番組「モヤモヤさまぁ~ず2」にて紹介された熱海スターレーン(志ほみやボウル)は復活することなく解体されてしまった(投稿時点:駐車場)。
『熱海大火』より前に建っていたとしか思えないのも、起きたのが1950年(昭和25年)4月13日であり、建築基準法はその後の5月25日施行された。よって熱海大火より後に建ったなら商業地域とて建築基準法で規制されてるはずだから建坪率が無い古い建物が乱立している区域は古すぎて危険。
「火事と喧嘩は江戸の華」、火災の恐怖は私の遺伝子に染み込んでいるようだ。
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2026-07-18 Sat
国内外で高く売れるものばかりが盗まれる。抹茶とか効率が悪すぎるのは盗まれない。→ at-s > 「プロのやり方だと思います」収穫目前のワサビ約3500本が田んぼから盗まれる 被害額は200万円...農家などプロによる犯行か=静岡・伊豆市 [2026/07/15]
伊豆の報道を少なくとも20年は気にしてきたが、獣に荒らされたとか、少量盗まれた事件の記憶はあるが、これほど大量の事件は聞いたことがない。他所での件も同じだ。
賽銭泥棒とか、無人販売所泥棒とか、スーパーマーケットで窃盗(通称:万引き)とか、そんなニュースばっかりだったのは、もはや過去。そうした件は今でもありますが、八九三が弱体化して外国犯罪組織に負けて害人と手を組むくらい外国型犯罪が劇的に増えてしまった。
もし3500本を自分で食べるためなんて言うなら息を吐くよう嘘をつく人達だけですから盗んだのを転売目的の金儲けと決まり。国内流通なら同業他社でなければ売りさばけない。実のところ輸入なら検査しても輸出ならば甘くて防げないのかもしれない。
栽培している人がプロの犯行だと言うのだから確かでしょう。それにしても日本人は能天気すぎて逆に呆れてきます。ブチ切れないからこそやられるとも言える。
伊豆の件が誰の犯行だかはまだ解ってないを前提とし、現場の詳細な映像までは報道してくれてないが荒っぽさが伝えられてないことを考えると日本人の犯行か。
伊豆を知ってる側からすると、時間がかかってもワザビを栽培しているような場所なら見つかることがない。ましてや毎日見回ってないなら昼間でも少人数で何日かけて盗むことも可能である。
2026-06-12 Fri
→ 熱海:昔あった旅館の知識を高めるため調査を進めた<1>の続き自宅の捜索もまだだが親戚とか昔の写真が残っていれば熱海はたくさん出てくるはず。昔は今のよう気軽に写真が撮れず、カラーはあったけど値段が高いから白黒みたいな話がギリギリ残ってた。
私なら保存すべきはフィルムだが、当時は紙焼き写真を大事にしてたし、当時の大人の多くが既にお亡くなりになってるから子孫が保管しなければ失われてる。婆ちゃんの写真は白黒ばっかりで、今のところ熱海は未確認。別の場所に写真アルバムがありそうだが手つかず。
自分でもわかるが昔の記念写真って、車の前に立って撮るとかホテルの前に並ぶとかで、街(風景)だけを撮影するなんて特別な人しかやってなかったと思う。
以前に温泉タオルを見つけた「伊豆山温泉 ホテル水明荘 くじら風呂」と書いてある場所は全く掴めていない。過去の水明荘として見つかるのが伊東水明荘だったり、ほぼ湯河原だから伊豆山じゃない熱海市泉202にマンションが見つかっただけ。
二極化してゆくと必要なのは低価格を維持するため無駄のない経営で、星野リゾートへと成り上がる前の高効率運営でしょうか。旅館業法には準拠するがサービス内容は最低限で民泊に近い。
規模が大きい版が伊藤園グループや大江戸温泉物語だが、経営破綻して外資に喰われないと続けられないのが情けない。建物は大きくとも個人経営の市場調査能力の無さと、組合を作っても宣伝だけで経営能力を無価値だった。
壊滅的から町の存続がかかって団結して今があると思うが、また熱海ブームにあぐらをかけば繰り返される。下手な競争で潰れるのだから経営知識、市場調査は共有すべき。
<咲見町>
・熱海温泉ホテル夢いろは ← ホテルアイオラ ← 東京都職員共済組合保養所かすみ荘
・熱海シティヴィラ咲見町 ← 一ふじ旅館(現存せず)
・日本生命保険相互会社 平塚支社 熱海営業部 ← 吉野苑(現存せず)
・大江戸温泉物語Premiumあたみ ← ホテル南明 (※東海岸町にて記載)
・アデニウム熱海翠光園 ← 翠光園ホテル(現存せず)
・ソフィア熱海デイサス ← 静観荘(現存せず)
熱海市役所、あたみ歴史こぼれ話 第29話「昭和の東京五輪と発展する熱海」 にてショーを見ながら食事する方式は熱海では静観荘が最初に導入したと書かれていた。今はもう派手なショーはやってなく、改装されてしまったりしてるが名残りは各ホテルに残されている。
<田原本町>
・食事処ふくや ← ふくや旅館(旅館は廃業)
・駐車場・ラスカ熱海の一部 ← いでゆ荘(現存せず)
<渚町>
・ふじ乃やビル(アパート) ← ふじ乃や旅館(現存せず) ※区分売却して狭くなった可能性
<清水町>
・丸源59(雑居ビル) ← ホテル熱海園(現存せず)
・コーポ三紀 細谷 ← 国際旅館(現存せず)
・ラグゼシア熱海静漣閣 ← ホテル青木館(現存せず)
<伊豆山>
・(休業) ← 紀州鉄道熱海ホテル ← 熱海パラダイスホテル
・ホテルハーヴェスト熱海伊豆山 ← 伊豆山温泉 桃李境(現存せず)
・TAOYA熱海[大江戸温泉物語] ← 大江戸温泉物語 水葉亭 ← ホテル水葉亭
<西山町>
・解体 ← 公立学校共済組合保養所ホテル西山(現存せず)
<桜木町>
・集合住宅 ← 中野ホテル(現存せず) 登記では静岡県熱海市桜木町5-15
<昭和町>
・たぶん今は駐車場 熱海市昭和町3-11 ← ホテル太洋(現存せず)
・月極駐車場 ← ホテル新日本(現存せず)
<和田浜南町>
・Rakuten STAY 熱海 ←(解体)←(長いこと営業不明)← ニュータカハシ(現存せず)
・ウオミサキホテル南館 ←(解体)←(廃墟)← ホテルすゞき(現存せず)
・(解体 擁壁のため骨組みは残る)←(廃墟)← 松涛本館[松活本館](サンミ倶楽部の南側)
・(解体 擁壁のため骨組みは残る)←(廃墟)← 熱海海浜ホテル(サンミ倶楽部の横)
アタミロープウェイ山麓駅のすぐ近くにあった市営住宅も長年と廃墟だったため熱海経済のV字回復がなかったら解体は先だっただろう。東海岸町で長く見られたよう解体されても擁壁として残さねば崩れてしまうため見た目が悪い。
<水口町>
・フォーシーズンズ・ガーデン熱海八方苑 ← 熱海八方苑ホテル(現存せず)
<上宿町>
・更地 ← 駐車場 ← 岡本ホテル(現存せず)
経営者が変わってから色々とあったところ。伊東にもつながって長くなるので略。
※ 注意:現在と過去で番地の配置が変更されてる場合は違う場所を示してしまう
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2026-06-10 Wed
遺品整理から見つかった資料では足りないためインターネットに頼ることになるが、一般が使うようになる前の情報は意図的に投稿してくれる人がいないと存在しないため苦労は目に見えてたた。加えて古くは存在した無料ブログサービスの廃止によって多くの情報が失われためリンクやブックマークは無意味となった。生き残ったサイトに存在する情報も風前の灯火と言える。画像にも文章にも権利があるが情報自体には権利がないため貴重な情報を記す。将来的にウェブページの引っ越し、ドメインの変更もあるかと思うが、趣向が変わっても旧情報として置く予定。
熱海は戦後昭和の新婚旅行から会社の団体旅行先として棚から牡丹餅で潤っていたため経営能力や市場調査能力が乏しかった。よって事あるごとに潰れてきたし、投資判断の失敗や時代遅れなど経営悪化させた。経営能力が無い証拠として居抜き物件として他社で経営が成り立ってるホテルが複数ある。
平成初期(バブル崩壊)によって多くの宿が潰れてリゾートマンションに建て変わったが、それに耐えた宿や店が一周回って昭和レトロと言わるようになった。
タナボタ経営の関係者が政権も握る典型的な田舎政治のためバブル崩壊後も食い潰し財政危機へ転落させたが2006年にやっと政権交代して今に至る。
地元の経営者まで交替したわけじゃなく、潰れて追い出され大手に喰われたり、細々と経営、あとは廃墟になったか。役所のマスメディア戦略(ロケ支援)が功を奏したV字回復によってホテル建設ラッシュとなり廃墟は激減したため他の廃墟で苦しむ観光地の手本になった。
残されたパンフレットに案内地図が書いてあったとしても簡略化されており、古くはサンビーチも無く消波ブロックで道路の地理的に違いがある。今とは区画さえ宛てにならない。
生まれる前の話となると旅館パンフレットに映り込む周辺環境を他の資料と合致させて確定してゆくしかない。こんなバズルは楽しめない。答えがわかれば良いだけだから。
昭和30~40年代の高度成長期からバブル崩壊前に熱海で撮影されたテレビドラマが再放送されたとき複数を録画してあり、それも貴重な情報源となった。
火野正平や水谷豊がチンピラ役だったり、中村雅俊と秋野太作がホテル シャトーテル赤根崎のドアマンだったりと。ただし街中の風景がまるで違うため目立つ建物しかわからない。
手作り惣菜パンみたいなの売ってた店が熱海プリン屋に替わったのを皮切りに、最近も新たな激変時期であり、昭和から続いてたであろう古い店が、ばたーあん、ヨーグルト、海鮮屋などに。
海岸線だが、喫茶サンバード(1968~)の前も旅館だったに違いないが名称には辿り着けず。喫茶サンバードから北東に向かって過去を遡る。
・デュピア熱海 ← ホテル磯辺館(現存せず)
「デュピア熱海(集合住宅)」が「ホテル磯辺館」だったことは古い地図で確定できた。場所は外れるが「ニュー磯辺」はファミリーレストラン ジョナサンになってる。大松商店の隣(南西側)が磯辺の土産物店「名産コーナーいそべ」だった。“いそべ”ってあの人かと思ったら漢字が違って磯部で移住者でした。奥さんは熱海のあの子だけどね。ホテル名は経営者の名字じゃなく「磯の辺り」ってことかな。
・(解体)← ホテルかつら ← ホテルニュー稲元
・(解体)← ホテルミクラス(2023年10月末閉業、裏の大月ホテル和風館も閉業)←大月ホテル
ホテルかつら、ホテルミクラスは最近まであったため探る必要もなし。ミクラスと名前を変えても外観ハリボテ状態で綺麗を装ってたため廃業か建て替えは当然だった。
・熱海ベイフロント(集合住宅)← 温泉旅館 よろずや(現存せず)解約
見慣れた大月ホテルの右隣のためわかりやすかった。
「よろずや」以外の正式名称は不明で内容から種別として温泉旅館としただけ。
・熱海シーサイド スパ&リゾート ← ホテル南明(ここで語る建物は現存せず)
このあたり「熱海ニューアサヒ(更に前はホテル赤尾)」なる存在が出てきたが地図がいい加減すぎて困った。海岸線じゃなく裏手じゃないかと思える。そうなると大月ホテルの裏も怪しいが古屋旅館もあって広い敷地がないため確定情報にたどりつけず。
温泉旅館よろずやの写真で右隣に大きな建物は見えず、更に右は「つるやホテル」らしき建物が写ってた。だが「ホテル南明」の写真から左隣が「よろずや」であることが判明。
私の中で「ホテル南明」と言われたら今の「大江戸温泉物語」なのだが海岸線の道路に面してL字形の敷地に見える。元は「大月ホテル和風館」を含む敷地だったか売却して近くである咲見町側の一角を買って移転したかまでは不明。建物の階層別説明図にて出入口が5階、少しだけ海岸線に面してるのに使わず1階が駐車場、2階が電気室と書かれてた。
今の大江戸温泉物語側に続く建物は海岸線より奥になっており実質4階から始まる。建てた当時を考えると海岸線にはホテルが建ち並んでいるだけで何もなく、咲見町側のほうが良いと考えたか?
今はゼファー熱海ビューステージ、ソフィア熱海デイサスとリゾートマンションだが当時は並びも宿泊施設だらけだしホテル貫一の前は心臓破りのS字急坂が立ちはだかっており熱海銀座まで行くなら海岸線に出たほうが良いから謎である。昭和の人は今より体力あるから坂道なんて屁でもないか。
過去の「ホテル南明」の建物構造が「よろずや」の隣から裏に続き咲見町の道路に面していたとなると、「ホテルミクラス(大月ホテル)」の裏から登ってゆく裏手の道路が存在できなくなる。過去と道路の場所が変わってるか、道路が存在しなかったか、1~2階は客室ではないため道路が突き抜けてる建物だったか?以後に咲見町に面した一角だけ残して売却したとみえる。
・メゾン紅葉 ← ?
・(解体)← ホテルサウスベイ ← 日東ホテル(現存せず)
・熱海パールスターホテル ← あうね熱海(倒産で未開業) ← つるやホテル(現存せず)
・ラビスタ熱海テラス ← 熱海グランドホテル(現存せず)
・ラビスタ熱海テラス ← 磯松ホテル(現存せず)
過去と所有区分が変わってることで複数の敷地にまたがって現在になった可能性もある。
熱海グランドホテルの右側が「磯松ホテル」なのは写真で確定した。
・ゼファー熱海ビーチタワー ← 臨海ホテル(現存せず)
・裏手は道幅が広がり新しい擁壁のみ ←(解体)← ホテル海山 ← 美芳館
以前にロールケーキ屋が1階にあって今は熱海マリンスポーツクラブがある建物の両隣が「美芳館」
・[仮称]熱海市東海岸町ホテル ←(長らく廃墟)← 暖海荘 ・ 新道旅館(現存せず)
更に東だが、ずっと解体されて擁壁として残された場所が何だったかわからない。ずっと頓挫していた春日町のタワーマンションは建ってしまったが、東海岸町12で167メートルもの建設計画は進まず放置が続き、熱海経済の回復によって別業者がホテルを建設中。
最大高59.99mが示す意味は60m以上だと強いられる強度満たす義務がないことを知ろうね。それで18階と天井が低いため失敗してもマンション販売か。シャトーテル赤根崎だって昔はホテルだったが今はクソ高い管理費のマンション(※リゾートマンションの管理費はどこでもボッタクリ)。
・フジタ熱海マンション
・(解体)← ホテル池田
・アデニウム熱海濱ノ離宮 ← 熱海さざん亭(現存せず)
・ラビスタ熱海テラスの一部 ← 熱海温泉 大伊豆(現存せず)
東海岸町は以上。新たな情報を見つけたら更新する。
この流れで更に東にある KKRホテル熱海 の KKR とは何かと思ったら英語じゃなく日本語で「国家公務員 共済組合 連合会」でした。
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2026-03-28 Sat
権力のあるところ寄って集ってくるため欲にまみれた連中は大都会東京にて見てきたし、邪悪なる宗教団体による政治介入も間接的や直接的も昔からであった。近年は組織化よりも単独に近い形にて異常思考を持つ人達が各所で政治家になってしまった。某党や別れた所からも逮捕者や違反行為、不道徳行為の多さが目立った。思考能力がなくなった人達を引き連れて良からぬ活動をするのは全国的に見られ、政治に限らず裏で某国が糸を引いて反日反政府活動をしてる場合もある。そんな時代である。
→ 集英社 > 「もう言い逃れできない」「卒業証書はニセモノ」と静岡県警は断定 田久保前市長は起訴か…“68単位”発覚で支持者離反、現市長は1億円請求へ [2026/03/28]
刑罰を下せる型の心神喪失とか自己陶酔型妄想というのがある。それに当てはまるかは解らないが、報道により世間の多くが知らないうちからの行動からしても奴は異常であった。
名前の認識はなかったが、奴が作ったメガソーラー反対団体の異常性については真っ当な反対派を通じて知ることができ、当初より売名、政治活動でしかないと地元民から嫌われていた。
熱海市には関わっていたときもあるが伊東市の政治は特に調べていなかったため、学歴詐称問題が日本中に知れ渡ってから繋がり知り、「なぜ、あいつが市議、そして市長?」、伊東市民ってバカだとドン引き、いつも使う言葉「小便が臭いからって大便を選びやがった」と書いたの思い出す。胡散臭い団体と繋がったため結果論でも推定有罪でもなく、行動から人間性が露呈しており、状況証拠も山積みなのだ。
某国のように嘘に嘘を重ねて自分でも信じきってしまう奇病によって報道を通じて大騒ぎになった事件は複数ある。世間は都合よく忘れやすいが、蛇かスッポンか俺は噛み付いたら放さない。
さて、オールドメディアと呼ばれる一片の理由でもあるがテレビの汚いところは騒ぐだけ騒いでおきながら放置してしまうこと。起訴、裁判、判決と顛末まで是非とも報道していただきたい。
<追記 2026年3月30日:
学歴の証明で市議会議長らにチラ見せし、何かと「ああ言えばこう言う」人だったため当人が見せたのは19.2秒と語って全国報道にて異常性と醜態をさらした。
市議会議長に見せたくせに、偽造ではないと証明できる卒業証書を隠して見せないわけですが、静岡第一テレビによると「当時卒業に必要な132単位のうち、田久保前市長が取得していたのはおよそ半分の68単位だったことが新たにわかりました」とのこと。ほかからも成績はボロボロにて卒業したと思えるはずがないと報道された。
当初から解りきっていたことだが卒業証書は偽物として「調査特別委員会(百条委員会)での虚偽証言」「有印私文書偽造、および偽造行使」などで在宅起訴と報道。
何の弱みを握ってるのか舎弟のよう働いてる弁護士が隠し持っているであろう偽物の卒業証書に押収拒否権はないと専門家に言われてきたため、押収すればトドメになろう。
だが、カルト教団のような信者は信じた自分を否定したくない。本件で言うなら認知度の低い高齢者等を曲がった概念で集めてきたのが原点ですから、そう簡単に支持者がゼロとはならないものだ。
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<追記 2026年3月31日:
→ 集英社 > <〈全部ウソだったのか〉田久保前市長「ニセモノを作れる人も技術もないですよ…」といいながらニセの卒業証書を自作か、記者に語っていた虚偽の全貌 [2026/03/31]
警察取材から卒業証書の提出を求められた翌日に偽造用の印鑑を注文したかとの報道も。
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