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熱海:昔あった旅館の知識を高めるため調査を進めた <1>
 遺品整理から見つかった資料では足りないためインターネットに頼ることになるが、一般が使うようになる前の情報は意図的に投稿してくれる人がいないと存在しないため苦労は目に見えてたた。

 加えて古くは存在した無料ブログサービスの廃止によって多くの情報が失われためリンクやブックマークは無意味となった。生き残ったサイトに存在する情報も風前の灯火と言える。画像にも文章にも権利があるが情報自体には権利がないため貴重な情報を記す。将来的にウェブページの引っ越し、ドメインの変更もあるかと思うが、趣向が変わっても旧情報として置く予定。



 熱海は戦後昭和の新婚旅行から会社の団体旅行先として棚から牡丹餅で潤っていたため経営能力や市場調査能力が乏しかった。よって事あるごとに潰れてきたし、投資判断の失敗や時代遅れなど経営悪化させた。経営能力が無い証拠として居抜き物件として他社で経営が成り立ってるホテルが複数ある。

 平成初期(バブル崩壊)によって多くの宿が潰れてリゾートマンションに建て変わったが、それに耐えた宿や店が一周回って昭和レトロと言わるようになった。

 タナボタ経営の関係者が政権も握る典型的な田舎政治のためバブル崩壊後も食い潰し財政危機へ転落させたが2006年にやっと政権交代して今に至る。
 地元の経営者まで交替したわけじゃなく、潰れて追い出され大手に喰われたり、細々と経営、あとは廃墟になったか。役所のマスメディア戦略(ロケ支援)が功を奏したV字回復によってホテル建設ラッシュとなり廃墟は激減したため他の廃墟で苦しむ観光地の手本になった。



 残されたパンフレットに案内地図が書いてあったとしても簡略化されており、古くはサンビーチも無く消波ブロックで道路の地理的に違いがある。今とは区画さえ宛てにならない。

 生まれる前の話となると旅館パンフレットに映り込む周辺環境を他の資料と合致させて確定してゆくしかない。こんなバズルは楽しめない。答えがわかれば良いだけだから。

 昭和30~40年代の高度成長期からバブル崩壊前に熱海で撮影されたテレビドラマが再放送されたとき複数を録画してあり、それも貴重な情報源となった。
 火野正平や水谷豊がチンピラ役だったり、中村雅俊と秋野太作がホテル シャトーテル赤根崎のドアマンだったりと。ただし街中の風景がまるで違うため目立つ建物しかわからない。
 手作り惣菜パンみたいなの売ってた店が熱海プリン屋に替わったのを皮切りに、最近も新たな激変時期であり、昭和から続いてたであろう古い店が、ばたーあん、ヨーグルト、海鮮屋などに。

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 海岸線だが、喫茶サンバード(1968~)の前も旅館だったに違いないが名称には辿り着けず。喫茶サンバードから北東に向かって過去を遡る。

デュピア熱海 ← ホテル磯辺館(現存せず)

 「デュピア熱海(集合住宅)」が「ホテル磯辺館」だったことは古い地図で確定できた。場所は外れるが「ニュー磯辺」はファミリーレストラン ジョナサンになってる。大松商店の隣(南西側)が磯辺の土産物店「名産コーナーいそべ」だった。“いそべ”ってあの人かと思ったら漢字が違って磯部で移住者でした。奥さんは熱海のあの子だけどね。ホテル名は経営者の名字じゃなく「磯の辺り」ってことかな。



・(解体)← ホテルかつら ← ホテルニュー稲元
・(解体)← ホテルミクラス(2023年10月末閉業、裏の大月ホテル和風館も閉業)←大月ホテル

 ホテルかつら、ホテルミクラスは最近まであったため探る必要もなし。ミクラスと名前を変えても外観ハリボテ状態で綺麗を装ってたため廃業か建て替えは当然だった。



熱海ベイフロント(集合住宅)← 温泉旅館 よろずや(現存せず)解約

見慣れた大月ホテルの右隣のためわかりやすかった。
「よろずや」以外の正式名称は不明で内容から種別として温泉旅館としただけ。



熱海シーサイド スパ&リゾート ← ホテル南明(ここで語る建物は現存せず)

 このあたり「熱海ニューアサヒ(更に前はホテル赤尾)」なる存在が出てきたが地図がいい加減すぎて困った。海岸線じゃなく裏手じゃないかと思える。そうなると大月ホテルの裏も怪しいが古屋旅館もあって広い敷地がないため確定情報にたどりつけず。

 温泉旅館よろずやの写真で右隣に大きな建物は見えず、更に右は「つるやホテル」らしき建物が写ってた。だが「ホテル南明」の写真から左隣が「よろずや」であることが判明。

 私の中で「ホテル南明」と言われたら今の「大江戸温泉物語」なのだが海岸線の道路に面してL字形の敷地に見える。元は「大月ホテル和風館」を含む敷地だったか売却して近くである咲見町側の一角を買って移転したかまでは不明。建物の階層別説明図にて出入口が5階、少しだけ海岸線に面してるのに使わず1階が駐車場、2階が電気室と書かれてた。

 今の大江戸温泉物語側に続く建物は海岸線より奥になっており実質4階から始まる。建てた当時を考えると海岸線にはホテルが建ち並んでいるだけで何もなく、咲見町側のほうが良いと考えたか?

 今はゼファー熱海ビューステージ、ソフィア熱海デイサスとリゾートマンションだが当時は並びも宿泊施設だらけだしホテル貫一の前は心臓破りのS字急坂が立ちはだかっており熱海銀座まで行くなら海岸線に出たほうが良いから謎である。昭和の人は今より体力あるから坂道なんて屁でもないか。

 過去の「ホテル南明」の建物構造が「よろずや」の隣から裏に続き咲見町の道路に面していたとなると、「ホテルミクラス(大月ホテル)」の裏から登ってゆく裏手の道路が存在できなくなる。過去と道路の場所が変わってるか、道路が存在しなかったか、1~2階は客室ではないため道路が突き抜けてる建物だったか?以後に咲見町に面した一角だけ残して売却したとみえる。



メゾン紅葉 ← ?
・(解体)← ホテルサウスベイ ← 日東ホテル(現存せず)
熱海パールスターホテル ← あうね熱海(倒産で未開業) ← つるやホテル(現存せず)
・ラビスタ熱海テラス ← 熱海グランドホテル(現存せず)
・ラビスタ熱海テラス ← 磯松ホテル(現存せず)

過去と所有区分が変わってることで複数の敷地にまたがって現在になった可能性もある。
熱海グランドホテルの右側が「磯松ホテル」なのは写真で確定した。



ゼファー熱海ビーチタワー ← 臨海ホテル(現存せず)
裏手は道幅が広がり新しい擁壁のみ ←(解体)← ホテル海山 ← 美芳館

以前にロールケーキ屋が1階にあって今は熱海マリンスポーツクラブがある建物の両隣が「美芳館」



[仮称]熱海市東海岸町ホテル ←(長らく廃墟)← 暖海荘 ・ 新道旅館(現存せず)

 更に東だが、ずっと解体されて擁壁として残された場所が何だったかわからない。ずっと頓挫していた春日町のタワーマンションは建ってしまったが、東海岸町12で167メートルもの建設計画は進まず放置が続き、熱海経済の回復によって別業者がホテルを建設中。
 最大高59.99mが示す意味は60m以上だと強いられる強度満たす義務がないことを知ろうね。それで18階と天井が低いため失敗してもマンション販売か。シャトーテル赤根崎だって昔はホテルだったが今はクソ高い管理費のマンション(※リゾートマンションの管理費はどこでもボッタクリ)。



フジタ熱海マンション
・(解体)← ホテル池田
アデニウム熱海濱ノ離宮 ← 熱海さざん亭(現存せず)
ラビスタ熱海テラスの一部 ← 熱海温泉 大伊豆(現存せず)

東海岸町は以上。新たな情報を見つけたら更新する。

 この流れで更に東にある KKRホテル熱海 の KKR とは何かと思ったら英語じゃなく日本語で「国家公務員 共済組合 連合会」でした。

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| emisaki | 2026-06-10 Wed 23:18 | 伊豆::考察・批評 |