2026-11-06 Fri
友達が家に電話して何かやってもらうのを「イモート(妹)コントロール」って言ってた。私に妹はいないため東京で出逢った友達に助けてもらっていた。インターネットは特別な界隈にだけあったが、統合されるまで一般にはパソコン通信と呼ばれている世界。だが屋外で通信できるような持ち歩ける機材がなく自宅にいる友達に電話するしかない。
現地で会うのも苦労で、時刻や場所が間違って伝わってたら確認もできず、すっぽかされたと間違ってしまうが、よくぞ会えたと思えるときもあった。旅立ったら連絡もできず、パソコン通信だけで知ってる現地の人とは初めて会う。
手段は福岡県の天神での待ち合わせは東京の友達に電話し、パソコン通信で現地の人と連絡、場所と時刻を決めてもらい、電話で決まった内容を聞く。
もっと古い人たちが10円玉を山積みにしてるよりよいが、当時の福岡県から東京都までの電話ってテレホンカードの減りが恐ろしいほど早かった。だから待てず、あとで電話するとなる。
出会えて夜に長浜ラーメン屋に連れて行かれたが、天神から路線バスでどう進んだのか夜だから景色も見えず、それから10年後くらいにテレビで連れて行かれた小屋のような店が元祖長浜屋だったと知る。以前に調べたが、このへん(Googleストリートビュー)にあったのは支店のようで2010年に道路拡張で本店へ統合と書かれていた。1990年代に支店だったかはわからない。
熊本の臭くてドぎつい豚骨に比べて福岡の長浜ラーメンは拒絶反応が起こらなかったし、胃がもたれることもなかった。年齢が若いもあるが体質的もある。ほかに神戸の中華街で何も考えず入った店で金華ハムの出汁が出てると思われるラーメンスープがものすごく旨かった記憶が脳に刻まれてるが、神戸なら何度も行ってるのに店が思い出せないし店が存続してるかも不明。
次は広島の人と会い、名古屋では東京から来た人達と合流を携帯電話もなくやっていたのだからな。便利じゃなく楽に溺れると技術は進んでも人間は退化するんだな。
私の時代だともう駅の黒板は使ってなく、大人数が集まるときは決めた番号によって録音再生する「伝言ダイヤル」だったよ。そのあと社会人になった人から小型化され10万円くらい下がってた携帯電話を持ってる人が通信拠点になってたり。居場所など連絡手段として使い物にならないからポケベルは界隈の誰も使ってなかったな。
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