2026-10-10 Sat
神という存在に対して人間がいかに野蛮かを示しているにすぎない。野蛮人は理解しない。だんじり祭り、また死者との報道だが、たとえ見学者が巻き添えになっても同情に値しない。自動車レースの「ラリー」で爆走状態を危険な場所で見て車に突っ込まれる奴と同じ自業自得だから。
毎年のように誰か死んでるため馬鹿というよりも、くるくるパー。なぜなら「だんじり」は平均1人が死ぬ。老人が「餅を喉に詰まらせて死ぬ」という報道が必ずあるように頭おかしいんだよ。
スケープゴートでも構わないから開催責任者を刑務所に叩き込む「生け贄」が必要。
世界の馬鹿で、すぐ思いつくスペイン牛追い祭りか。暴徒と化して追うより追われて誰か殺される野蛮なやつ。ネット検索したら「聖人を称える伝統文化であり地域のアイデンティティ」なんて書かれていたが、タイムマシンで過去に戻って人柱とか生け贄やってる古代人を見てるも同じである。
“だんじり”の起源を調べてみると神様を乗せる台、神輿の台など山車(だし)と同列で街中を爆走するなんてことは全くない。その点は江戸時代ではなく現代人にねじ曲げられた気違い沙汰。
※ 走り始めは江戸時代後期で諸説あり。岸和田市の説明で始めた当初に走ることはなかった。
世界はもっと狂ってるだけに宗教がなく儀式とだけ捉えてる日本だけが人類の救いだから嘆く。日本でほかにも未開な祭りが複数あるが、死人を出す点では だんじり だけじゃなく御柱祭も7年に1度だから目立たないが毎回何人か死ぬ。神がいたら馬鹿な人間に呆れるだけ。
花火を見る者として火の粉が飛んできても自業自得だと思ってるが開催にて安全性は確認されているため起こるのは不慮の事故。ところが多くの危険な祭りでは、たまたま事故が起こらないだけで、事故が起きて必然という酷い有様で行われる。
だんじりや御柱祭に比べてたら危険ではないが、秋田竿燈も道幅およそ12メートルで歩道を除く車幅6メートルな道路で歩道にいた私の頭上を舞ったよう倒れてから更に太い道路だけに変更された。
だんじり、御柱祭、裸で何か奪い合うとか野蛮で狂いすぎてるのを批判したわけで、生活上で言い過ぎてしまうと現代の異常過保護の親が何でもかんでも禁止にしたから反対に暴発するクソガキを生んだとも言える。そうか、大阪はこっちから見たら平時から暴徒と化しているようなものでしたからガス抜きには生け贄が必要な事をしないとダメなのか?
未開人よ、いつ進化しますか?
<追記 2026年10月11日:
10日、泉大津市と泉佐野市 だんじり横転 2名死亡を含み死傷者16名となる。
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