2026-11-07 Sat
・東京都江戸川区東篠崎2丁目1 柴又街道 南端、旧江戸川
長く虎柄フェンスだったのが2024年の時点で緑色のフェンスが作られてたため長らく動かないを意味した。橋を作るなら左右に残る家も立ち退きしないとだめでしょう。
古地図を見ると第二次世界大戦後 1945年以後に江戸川(旧江戸川)沿いだけに集落は見られるが、東京湾に向かって大部分は山型な3本の縦線記号のため千葉県市川市行徳は一帯が「荒れ地」(東京都江戸川区の南東部も荒れ地)。

写真は南側へ道路が延びると推定した場所で奥戸1丁目18の路上で撮影。何十年も前からこの状態の模様。南東へ進めば江戸川区の鹿骨街道で工事が進んだ。
江戸川区で2026年7、8月頃に事業化したのが鹿骨街道と大杉橋通りが交差する西篠崎2丁目20から上篠崎2丁目で南北に拡幅工事中まで約450m区間だから江戸川に橋がかかる計画には程遠い。
どうせ橋をかけるならば以前から立ち退きが見えていた江戸川区北篠崎2丁目22~23からJR市川駅へ伸びる道だが工場が立ちはだかってる。防災設備として歩行者専用橋で良い。
いつもながら思うのは宅地開発させておきながら、なぜ事前に道路を作っておかなかったのかと思う。結局は大通りさえも大量の立ち退きによって実現してる。
私が産まれた頃から大きく変わらず先も考えると人の寿命の年月でも動かない道路もあれば、短期的に作られてる道路も見られた。
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