2026-11-01 Sun

自治体が提供する内水氾濫ハザードマップが話にならないのは、浸水したときの水深が 0.5m/0.5~3m/3-5m/5m以上と範囲が広すぎるからである。国土地理院を探るも自治体が元にしているためか同じであった。
そこで自分で色づけしてみるかと思ったのだが、ここでも阻まれたのが、最小範囲が0.5m(50cm)、標高0m以下は1色でしか表せない。よって東京東部のよう海面下の場合は高低差が全く解らない状態となった。
下が東京湾だが埋め立て地は盛り土してあるため標高を高くしてある。現在の住所で江戸川区小松川は昭和の工場から新興住宅地として盛ってあるから南へ向かえば下る。
洪水で水没するのはここで示す東京都東部であるが、太い河川がなく豪雨で床上浸水までしちゃうのが凸凹地形な南部。

色々と探ってみて、 標高・土地の凹凸 → デジタル標高地形図 → 関東 を選び、標準地図に「江戸川・中川・綾瀬川流域-1_2008年2月」を透過度50%適用した画像。
詳細を見るために上記より拡大しているが、これが限界で、これ以上拡大させると細かい高低差が表示されなくなった。
これですと自治体が公表している水害ハザードマップと同じであり、床上浸水(0.5m越え)から2階まで浸水(2.99m)まで同一で区別が全くつかない。
荒川が決壊するなど洪水ならば逃げ出さねばならないわけで、圧倒的な確率にて注意しなければならないのは大雨による内水氾濫である。細分化された標高が判らないと、どこへ流れ込むのかがわからない。
国や役所の仕事って何なのかと思うが、以前に自宅の200~300m範囲だけ標高を探ったように自分で作るしかないのか。
それとも私が気づいてない方法で細分化された標高データを手に入れられるのか? ストリートビューで測量しているGoogleは撮影間隔で独自に持ってるでしょう。Google Map を使って調べようにも1メートルが最小単位であった。
別件だがテレビ番組で紹介された「これより下に家を建てるな」と書かれた大津浪記念碑(岩手県宮古市重茂第10地割19)は標高48m地点、東日本大震災による2011年3月11日 津波到達地(岩手県宮古市重茂)は標高37m地点にある。
石碑に刻まれている昭和と明治の三陸地震による津波は西暦1933年と1896年のため間隔は78年と37年でしかない。その前を探ると1856年から数年間に南海トラフから日本各地で複数の大地震、三陸は1793年、1677年、1611年とあるよう同じ場所で人間の寿命でも2度も大地震と津波に見舞われる可能性が高かった。
今年の防災の日に合わせて出た岩手日報の記事に「三陸はるか沖地震 30年沈黙」という不気味な題名を見つけてしまったが、翌年[1995]の阪神淡路大震災での被害が大きかったためか記憶に留まってなかった。
津波の被害がないが三陸はるか沖地震[1994]では青森県八戸市でパチンコ屋が入る鉄筋コンクリート製ビルの柱が全て崩れ1階が押しつぶさてる(気象庁>三陸はるか沖地震)。
| emisaki | 2026-11-01 Sun 21:52 | 生活::防犯・防災・防疫・犯罪など |
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