2026-10-03 Sat
有野課長と違ってゲーム機を所有してないし遊ぶこともないが、現実こそが物語も答えもないロール・プレイング・ゲーム。意図したことなく、話を聞き、いつしか必要となる情報となり、仲間を増やて進めたりもする。ゲームとの違いは自分一人であらゆる事に対処するのが大部分であること。怪しくなく知らない人と気軽に話して情報収集は旅で習得。2026/10/03 01:23 テレビ大阪「よゐこ有野 この街、攻略しとく?」
アメリカ村をぶーらぶら~話題の日本茶とヴィンテージ古着を巡るアメ村攻略の巻~
アメリカ村が映ったが10分番組でほとんど古着屋の店内映像のため他の動画も参考にした。私が肉眼で見た最後はなんと20年も前になってしまった。何かイベントが行われなければ行かない。
建物は新しくなっていたり改装されてたりするが、やって来る連中の民度の低さは過去に感じ取れていた。割れ窓理論を無視して放置するため野獣の小便、いわゆる低俗な落書きが確認できる。東京でも渋谷や新宿などロクでもない奴らが集まる場所へ行けばあるが、アメリカ村の落書きは、その名の通りな国のように酷い。
【大阪市、中心部の攻略 環状線、地下鉄、私鉄でバスは一度も使わず】
名古屋に入り浸る前には大阪市や神戸を歩き回ったがデジタルカメラを買ったのが2005年の夏ごろだったと思うため、それ以前は写真を撮ってなく記憶しかない。ビデオカメラのほうを先に買ってたが、当時の製品は大きいため旅行に持って行くことがなかった。
見返す資料がなくても交通や土地柄を理解しており、なぜあんな場所に出来たのか疑問が沸いたため調べたら倉庫街や駐車場だったところに自然発生したと説明されていた(大阪アメリカ村の歴史)
20年も前を思い出すと、雰囲気は当時の渋谷より危険性を感じ、汚くもあった。交通の便で立地条件が悪いわけじゃなく心斎橋駅の出口から徒歩500m、戎橋も700m、なんば駅からだと1.0km。
四ツ橋駅なら350mと最短だが、こちらは新幹線で行くため新大阪駅で地下鉄 御堂筋線に乗り換えるのが定番だから在来線、四ツ橋線と乗り換えるより早い。通常の観光でアメリカ村には用がないものの主要な場所は頭の中の地図にあるし、歩いてきた経験から距離感も掴めてた。
大阪駅から難波駅の間は格子状に路線があるが、乗り換えや運行本数の違いから場所によっては主要な御堂筋線の駅まで歩いたほうが早い場合も。
駅が離れてる問題は大阪でもあるのに自分の事は棚に上げ東京駅で京葉線ホームが遠いとか言うのだが、JR大阪駅から阪急大阪梅田駅までも似たような距離である。
【長さ日本一の商店街は浅草だなんて江戸の子孫として認めません】
長さの話だと、もはや江戸っ子はいないのか浅草で商店街を繋いで日本一なんて恥知らずは俺が許さねぇ。長さを争ってる桜街道(桜並木)への批判と同じで長く途切れた区間があるのに繋がってることにして20kmあたりの醜い争い。悪いけど、こういうの田舎者の思想なんだ。負けじと人為的に日本一になろうとする。そう向かわせるのは客が馬鹿だからで、善し悪しは距離じゃないのに「日本一」「世界一」の言葉だけで寄って集ってくる。
何百年か前に作られた歴史ある参道の石段数を超えるため人造で日本一にしたところがある。
尚、横切る道路は途切れとは言わず、長い距離で何軒も店がないのが何度も途切れてたら商店街じゃねぇ。どう考えても天神橋筋商店街が日本一である。商店組合が別でも連なってる心斎橋筋商店街の前後は心斎橋駅付近からなんば駅まで1.8kmは両脇に商店が途切れず並んでいる。
恥知らずな看板は降ろしていただきたいため比較データを並べてやると、東京国際通り振興会なんて ちらほら商店が続くだけだから3kmの中に約240店舗で浅草駅近辺に集中で駅から離れたら地点は商店街と呼べない。天神橋筋商店街は2.6kmで約600店舗と明確な差。参考:大阪 心斎橋筋商店街は580mで約180店舗。東京 戸越銀座商店街 1.3km 約400店舗。距離の問題じゃねーぜ。
そして、ほとんど長い商店街は複数の組合の集合である。推測されるのは当初は別の商店街が広がることによって合体。浅草国際通りみたい都合の良すぎることを言ったら戸越銀座商店街と武蔵小山商店街パルムはつながってると言えてしまう。
商店街の定義なんて知らんが、ここで挙げた中で異様なのは東京国際通り振興会だけ。それは太い幹線道路沿いで、離れてるため片側の店で100m以上も離れた横断歩道を渡らねばならないから。変貌してるが「おかず横丁」ほか、砂町銀座商店街、武蔵小山商店街、十条商店街など近隣住民のための商店街ってのは車線の広い車道沿いには展開しない。
本件では太い幹線道路だが、水路、鉄道で何百メートルか分断されると商業圏も分離され、たとえ自転車移動できたとしても反対側への客足は遠のくのが心理的な結果。
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2026-09-17 Thu
値上げ続きでも飲食店では劇的な値上がりはみせていない。ただし、元が安かった品では「うまい棒」みたい1円単位で値上げ設定をしてないため、50円や100円、小さくても10円単位で値上げされるため大きく感じるようになる。一気に2倍以上になった令和の米騒動なんかと比べたら急ではないが、2024年頃から末端の商品ほど各種素材から人件費まで全ての値上がりの煽りを受けてるため過去15年間ではなく最近ほど値上がりが激しく、世界情勢の変化から全ての物が値上がっている。
5年、10年、15年と飲食店の価格を覚えてるのが5割高は速度が早い部類に入る。
ぴよりんは15年で 300→450円(税込)、同じく名古屋ならCoCo壱番屋も約1.5倍になってるが、ちょくちょく値上がりが開始されたと気づいたのはハウス食品にM&Aで子会社化されてからである。外国人には人気でも私が知るココイチの運営ではなくなった。
弁当屋チェーン店ののり弁当も過去15年で290→436円(税抜)と同率1.5倍、デフレ町中華屋でラーメン300→450円(税込)だが、一般的なラーメン屋で考えると800→1000円(税込)だから少額ほどキツイ。
チェーン店で庶民の味方なのはサイゼリヤで、ステーキなど高額品で1割高、有名なミラノ風ドリアの値段は変わっておらず味を落としていない。
反対に悪名高くなったのは支援金目当てなのか害人を積極的に雇って作業させる飲食店であり、中には外国人観光客がRedditで店に入ったら店員が某国人だらけだったと嘆きの投稿。
さて、自分で解らなくても価格推移の記録は見つかるものなのだが、全国チェーン店の代物じゃないと載ってない。「ぴよりん」を探ったのだが見当たらず自分の記録とネット上に散らばる断片で…
2011年7月1日発売時~2014年3月31日まで 300円(税込 消費税5%)
2014年4月1日から2019年9月30日まで 320円(税込 消費税8%)
2019年10月1日から2022年9月30日まで 350円(税込の持ち帰り価格 消費税8%/店内10%税)
2022年10月1日から2023年3月31日まで 380円(税込の持ち帰り価格 消費税8%)
2023年4月1日から2026年4月5日まで 420円(税込の持ち帰り価格 消費税8%)
2026年4月6日から 450円(税込の持ち帰り価格 消費税8%)
2026-09-07 Mon
【都心の渋滞の原因の大半は都外からの流入か?】環状線は優先されるものの城東地区だけ見ると渋滞緩和として千葉県へ流れる街道に高架橋が設置される。完成済みでは蔵前橋通りの西新小岩に800mもの高架区間がある。
完成時期は公表されてないが国道14号線 京葉道路(亀戸小松川立体)が工事中(小松川高架設置部分の地図 / 亀戸高架設置部分の地図)。
蔵前橋通りの高架橋は片側1車線の2車線だが京葉道路では片側2車線の4車線のため道路拡幅にて十数年前から立ち退きが始まっていた。
<参考>
→ 国土交通省関東地方整備局 首都国道事務所
2026-09-06 Sun
【JR小岩駅北口地区第一種市街地再開発事業】江戸川区の検索をしたためでしょうが、2026年9月6日JR小岩駅北口の再開発に伴いイトーヨーカドー小岩店が閉店との情報が流れ込んできた。
、2年ほど前に既になくなっていた北側を撮影したため、真っ先に感じたのは「まだ営業してたのか」であった。2年前は解体中も残り、地盤の工事だったが建物の外側は最上階まで出来上がって線路沿いに建ってた白い高層マンションより少し高く、その7~8倍な容積。30階建て長方形なパークシティ小岩ザ タワー。
イトーヨーカドー小岩店を解体するのを前提とした建坪率・容積率でしょう。2年前にも気になったが、再開発ならば、なぜ区画内にマンションを建てさせてしまったのか?(プレシス小岩イデアル Googleストリートビュー2024年)が建ったのは2014年で、それによって再開発区画は凹型となってしまった。結局は損得勘定だろうな。分譲マンションだとすると、同等の場所を用意せねばならず、もしくは新しく建てるマンションに優先入居権を与えても差額がありすぎたら反対に回ることになる。再開発で駅まで徒歩250mの資産価値は上がる。
残った建物の真横に新しく建った双方にて日陰が生まれる悲劇。東側に30階建ての横長な壁ができたため再開発されず残ったマンションは日の出を見ることはできなくなった。
北東側の部屋は日たなとしては暗闇だ。再開発に賛同しないにも代償は付きもの。江戸川区の多くで指定されてる日陰規制があったら建てられないが駅前にそんな規制は無い。
見に行ったときでさえ駅の南側に先に建ってたタワーマンション群にて日陰駅になっていた。ようするに冬場であるとイトーヨーカドー小岩店の前が日陰になってしまった。日照を考えたら再開発ってのは広く変形してない区画で行う必要がある。下手に残ると、どちらにも良いことがない。
再開発には賛同せず残って変な形になるのは大規模な再開発地ではありがちで、新築じゃなくても立ち退きには応じず残ってしまったり、反対に意外と新しい感じのビルなのに再開発で消えたりするのもある。本件で扱う江戸川区の区役所の移転先である船堀にも都営アパートだった敷地から大きく変えることができていない。
強欲の塊である建設業界が考えるのは金儲けだけで他人のことなんて考えやしない。
2026-09-04 Fri
江東区も似たような構造だが都心部に近いことで集団生活不適合者なのに大好きな超高層ビルが多い。江戸川区の南部には大型の団地で超高層ビルは小岩駅前だけか。タワマンで破壊が進行中の小岩は別件でやったため江戸川区の西部と南部に焦点を当て、移住地、物件調査なら当たり前にする調査の一部をやってみた。【回想】
第一書林が閉店で調べたことから派生。新小岩ルミエール商店街と言っても半分は江戸川区。平井も小岩も江戸川区のため知らない人にかかれば新小岩も誤認識だから江戸川区扱いにしとく。
小さい頃の記憶を絞り出し、ほかに本屋があったと思う場所をGoogleストリートビューを使って調べたら、コンビニ、八百屋、薬屋などに変わってたが直近で書店が残ってたのは2013年まででした。調べた場所は建て替えられてないため記憶から場所を確定できた。
無くなったのは第一書林だけじゃなく、小さい頃に連れられて行ったのを覚えてるし、あの二宮くんが番組か何かで入店してる映像を見たことがある江戸川区松島の黒龍(中華料理)も閉業した。あの人は西新小岩だから近くは避けたんだろう。
確実な関係は知らないが幼少期の記憶からすると、葛飾区新小岩の黒龍(元は小松中学校の前)も五十番(柔道からプロレス転向した人の実家の近く)も味付けは酷似してるから のれん分け。
2015年頃に江戸川区役所の近くの道路拡幅工事現場を撮影してるが、当時より今のほうが店がよくなってるものの小岩を除き長い商店街と言えるのが無く、近代の地方出身者が好きそうな大型商業施設だけに等しい町になってしまってる。
北部: 古くからある町だが戦前までは田舎 先祖が戦争疎開地にしたくらい
中部: 昭和中後期まで畑だらけ、貨物路線がないため工場は川沿いのみ
南部: 東京メトロ東西線の開通前の南側は陸地になっていたが泥々で何もなかったと聞く
今の葛飾区の南部さえ江戸時代は湿地帯と言われたのだから当然のこと。私の人生で語っても江戸川区南部がインド人の植民地にされるような場所はなく海の底だった。別件で調査済みのよう左近川が昭和の東京五輪な頃(1964年)には海岸線で、以後に埋め立てが進んだ。50年くらい前まで現在の西葛西駅から300メートルくらい先が東京湾だった。
【鉄道】
国鉄(省線?)小岩駅は1899年開業とあり、今は葛飾区だが新小岩駅は1928年。ところが地下鉄 東西線が西船橋まで通ったのは1969年、後から停車駅が作られた西葛西駅は1979年開業。
地下鉄 都営新宿線が船堀駅まで通ったのが1983年、篠崎駅が1986年、本八幡駅まで全線開通が1989年だから第二次世界大戦後に移住してきて生まれた子でも育ってから完成を見てる。
延伸に3年くらいなら荒川を渡らせるのに時間がかかったわけじゃなく、地下より地上で橋を作るほうが早いから一気に東陽町から西船橋まで開業してる。
地下鉄自体の工事が大変であったと考えられるが、既に都心部ほど都電(路面電車)が張り巡らされていたため地下鉄への移行に時間がかかりすぎたのではないか。このあたりを説明してる文献まで辿り着けなかった。
路面電車も通ってなかった場所になると地下鉄 東西線が建設中な頃の地上部分は泥沼に高架の支柱が立ってる写真を見たことがあるように周囲に何もなかった未整備な地帯を通していた。
葛西駅から南で先端となる「なぎさニュータウン」は地下鉄東西線の開業後の1977~1980年に売り出されたし、対岸の浦安ねずみーらんどの一帯は1975年以降の埋め立て地。
【バス】
都民の利便性よりも民業圧迫とか騒いだバカタレがいたのかもしれないが、私が小さい頃には既に江戸川区東部は京成の手に渡っていたが、かすかな記憶として江戸川区役所あたりから今井街道で旧江戸川の西側を走ってから妙見島の道に出て浦安駅まで行く都営バスに乗ったのを記憶してる。
最近のこと、江戸川スポーツランドまでだが同じ都内なのに、なぜこんなに運賃がかかるんだと嘆いたのも、都営バス、都営地下鉄、京成バスと乗り継がないと行けなかったため。この怒りが俺を新川まで歩かせた。桜並木の末端から瑞江駅まで1.4kmで電車乗っても一之江駅から新川まで1.5kmなんだから直接歩いても3.5kmなわけ。そして新川をずっと西へ歩けば都営バスで帰れる。
江戸川区でのバス移動は環状七号線、新中川を境に東西に割った西側は都営バス、東側が京成バスだから区内の移動で1日乗車券を使った移動が困難。違う文化圏と捉えて行かなければ問題ないが。
【水害対策で飛び地となった平井の難】
旧中川の河津桜と背景に写ってきた団地群は墨田区でもないし江東区でもなく江戸川区。区役所に行くにはバスに乗って平井駅へ行き、電車で新小岩、そしてまたバスに乗って区役所。
区役所が船堀に移転しても楽にはならず遠くなるだけ。飛び地で楽になるのは東大島駅近くの団地住民だけ。平日に船堀橋を渡るバスは存在しない。
新小岩を江戸川区扱いならば平井は墨田区、小松川は江東区にしたほうがいい。この文書に文句を言うなら、ここで関係がない葛飾区だろうな。だっておもちゃ屋はあるけど鈍行しか止まらない寂れた立石に陣取ったところで乗降客数からして新小岩を取られたら困るのは葛飾区だから。新小岩駅の乗降客数の3分の1は江戸川区民だろうけど。
なぜ墨田区や江東区と江戸川区は旧中川で区切ってあるのに葛飾区と江戸川区は旧中川で区切らなかったのか?それを決めるような時代に江戸川区はもっと狭かったから変じゃない。
【移住による人口増加】
鉄道の東京都心へ向かうにして江戸川区の中南部からは1969年以前はバスで小岩や新小岩へ向かう必要があったため、私が幼少期の頃でも南部へ行くと田畑が見られるのをかすかに思い出す。
規制が敷かれてるかもしれないが、今でも中央部の広い区域で高層マンションは建ってない。桜並木の撮影のついでに町も調べてるが、規制が緩い駅の周辺や京葉道路、環状7号線沿いだけ。
工業地域だったから規制が緩くマンションに取り囲まれてると嘆くが、江戸川区の中央部で特に新中川の東側は東京にも空がある。案の定だが、元々の大半が農地だっただけに日陰規制において「第一種低層住居専用地域」まであり、住居では建坪率40%・容積率80%なんて恐ろしい所が広がってる。狭小住宅であるウチと同じ家を建てるには2倍の敷地が必要。腐っても東京都23区内だから土地代が2分の1とは思えない。
【制限を大きく越える建物がある謎】
篠崎公園は建坪率30%・容積率60%だけど公園なので何の問題もないが、篠崎公園A地区野球場2面から南側の上篠崎3丁目は40・80なのに近年の一般家屋を見ると最低でも80・200は必要のため何らか抜け道がありそう。
江戸川区には謎の地区が複数あり、たとえば篠崎町7丁目2~5、8~11は(建坪率%・容積率%)40・80と50・100に囲まれた中に街道沿いでもないのに60・200となってる。もう少し東にある地下鉄新宿線 篠崎駅の地上部は80・400となってる。
もしかしてこれか? 建築基準法第68条の4第1項から続く特例。存在してる建物からしたら有り得ないため何らか大きく規制が外せる理由がある。
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2026-09-04 Fri
子供の頃には漫画本を買ったかな。そこから何十年かは知らない。預けられて住んでいた場所から離れてたし、過去に本屋さんはたくさんあったから詳しくは知らない。連鎖的な関連事項によって知ることとなったが、新小岩のルミエール商店街にあった書店、第一書林(東京都葛飾区新小岩1-38-8)が2026年3月31日で閉店との記事が出てきて読んだ。
その情報につながったのは、出没!アド街ック天国に出演していた編集者の山田五郎氏が亡くなったことで、過去に番組で第一書林に出向してたような話をしてたのを思い出したため。
小さい頃の記憶を呼び起こすと、屋根のある側の正面だけじゃなく店舗はL字型になって横の道路側にも小さい出入口があったのに、ストリートビューでも戻れないくらい前になくなってた。
時代の流れですが、売れ行きの多い児童書や新刊小説、高齢者向けで頑張っていたかは知りませんけど、書籍自体が衰退したのに今年まで営業していたのは凄いと言える。
2026-08-21 Fri

近所に店舗がないため業務スーパーって東京よりよく知ってる店がある。元AKBさんちの旅館の隣(熱海市昭和町)。
旅先だから使わないけどね。

総力祭のチラシは貰ってあるが徒歩は遠くて路線バスも乗り継ぎが必要な場所となり1日乗車券の500円が必須。大量に買わないと損するが持って帰れる限界がある。
乗り継ぎで停留所から0.3km、乗り継ぎなし運行本数が少ない便で停留所から約0.5km、別の店舗を調べたら運行本数は多いが停留所から0.7kmもある。往復420円で1日乗車券と大差ない。
100%犯罪者に混ざりたくないと自転車を拒絶した代償として快く払おうか。
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